2021年7月27日火曜日

夜の窓

ガハクに「今日は何を描いたの?」と聞いたら、「自画像の窓のところを描き直していた」と言っていたのはこれか。真っ黒な外の闇。クロームイエローのねじれたカーテン。

この絵を見ていると、30年も前に唐突にガハクが言った言葉を思い出す。「世界と繋がるとはどういうことか、僕は分かったんだ」と、天啓のように降りた認識を話してくれた。

深夜のアトリエでキャンバスを前に描いている時に善い霊たちが窓の外から覗いている。明るい画室の白い壁によりかかって、愉快そうに絵を眺めているゴッホやブレイクやデューラーがいる。右後ろのガハクの肩口から一緒に絵をじっと見つめているのは、ガハクの親友の秀太郎さんだ。

昨夜は、画室の窓から満月が見えたそうだ。雲が切れて現れた満月は、マーエダさんだろう。ガハクが『夜間飛行』(前田ただし作曲)のギターパートを毎日練習している。とても難しい曲なんだけれど、もうすぐふたりで合奏できそうだ。(K)



2021年7月25日日曜日

dawn

 庭のあちこちに親指の太さくらいの深い穴が空いているのに気が付いた。蝉の子が地上に這い出た跡だ。門を開けようとしたら、ポンと腰に蝉がぶつかって来た。昨日リンゴの木に移動させたあの蝉かもしれない。羽がしゃんと伸びて体に力がみなぎって来たので、朝を待って飛び立ったんだ。ちゃんと門から出て行くところが律儀。

昨日メダカ池に針子(メダカの稚魚)を見つけた!まだほんとに小さくて、大人のメダカに食べられてしまいそうだ。泳ぎ回る大きなメダカの周りの何もいない空間をじっと見つめる日々が始まった。生まれ出たばかりのものたちの可愛らしさは、特別だ。

今朝も朝いちばんに日除けをかけた。日曜日だから彫り始めるのはずっと後になるのだけれど、石が熱くならないようにしておく。黒い球体。太陽から飛び散る火花。きゅっと括れた腰がぱっと解放される辺りを今日は彫る。(K)



2021年7月21日水曜日

永遠の眼差し

 またS氏の顔が変わった。人間を知れば知るほどその目は涼しく澄んでくる。その目とは誰の目のことか?鑑賞者の目でも画家の目でもない。目が描ける人はほんとに少ない。じっと見つめ続けても飽きない目。長い年月に耐えられる視線は、一言で言えば愛ある人が愛する人を描く時にしか現れないんじゃないかな。

ガハクは人を描く時に、男とか女とか、あまり考えないで描いているそうだ。経済も政治も家族でさえ、性愛が深く絡み合っていると言われるけれど、そんなものに惑わされることもなく誠実に仕事をやり遂げることができればなあと思う。人がそのままでいて、そのままの姿で美しく見える領域に達するには、なんと遠い道のりだろう。

『告白』(町田康)を読み終わったガハクが、続けて本棚にあった『冷血』(トルーマン・カポーティ)を手に取って、何度も読み直している。そしてカポーティの他の著作まで取り寄せた。感情の剥奪を受けてしまった人たちの犯す罪、その過酷な状況を映し取る筆力に感動したからだ。

この絵に描かれているS氏は、48年前に私たちの前からいなくなった。先を行くパーティーが落とした岩が当たって滑落して亡くなってしまったのだ。現場のすぐ近くを登っていたガハクも、テントプラッツにいた私も、そのことがショックで、事故の後もずっと彼のことを語り合って来た。岩を落とした人、死んだ人(殺された人)、生き残った人たちのことをああでもない、こうでもないと、考え続けて来た。

S氏の命日が三日後に迫った。あの年のように今年の日差しは強烈だ。カドミウムイエローが燃えている。青い影に吸い込まれそうだ。(K)



2021年7月18日日曜日

貴婦人

横から見ると、ずいぶん薄くなった。すらりと立つ姿が貴婦人のようだ。こういう大きなものを彫っていて人の姿を想うなんてことは、今まではなかった。そうしようとしてそうなるのではなく、そうなって行くのなら、きっとそれは良いことじゃないかな。無理矢理に作ろうとしても出来ないことは、似合わない服を着たがっていることに等しい。

綺麗なものは相応しい状況の中で自然と現出する。しかもじっくり時間をかけて誰にも知られず成就される。そういうものが『美』らしい。(K)





2021年7月16日金曜日

梅雨明け

今朝から梅を干し始めた。三日三晩、外に出しっぱなしで 夜露にも当てる。1.5kgしか漬けなかったので、笊一つで足りた。

製材所のアルバイトの時に、大小二つあるアルミの弁当箱にご飯を詰めて、真ん中に梅干しを置く。一個の梅干しを半分こでちょうど良い。これだけあれば、一年分は十分だろう。

ゆうべは涼しい夜だったが、二人とも夢を見た。私のは、街に出た夢。ガハクのは、阿蘇のような清々しい高原の家が舞台。

(夢には霊がその人の記憶の中から素材を探して演出する夢と、天使が見せる夢があるそうだ。遠ざかれば遠ざかるほど、いい夢にに近づくか、怖いものに包まれるかは、遠ざかる対象に依る)

ガハクの夢に出て来た高原の我が家を訪れた人々は、皆それぞれ個性的で美しい身なりをした人たちで、中には裸ん坊の人もいたそうだ。「理想的な生活をしていたよ」とのこと。ビルの屋上に点在する出来の悪い巨大な造作物に嫌悪感を覚えるのを、じっと堪えている私の夢よりずっと素敵だ。ガハクと途中ではぐれたけれど、無事に合流できてよかった。

梅雨明けの空は明るく、清々しい。(K)



2021年7月10日土曜日

白槿

キッチンの窓の向こうに白槿の花が咲いている。雨の朝も、曇っている時も、今朝のように日差しがあっても、いつも爽やかな空気を纏って揺れている。風にも光にも雨にも敏感に反応する花だ。

製材所のバイト代で、ガハクは久しぶりに絵筆を16本も買った。お気に入りのメーカーのものだそうで、サイズと形がいろいろある。軸が深緑、銅で束ねてあって、毛先が白。絵筆までもが美しい。

死んだ人と残された人が一緒に生きる為には、この世にいる方がステージを上げなければならない。そうでなければ、到達できずに迷っている悪霊か、死に損ないの中途半端な意識にまとわりつかれてぼんやりと過ごして、その瞬間が訪れても知らずに終わってしまうだろう。

ガハクの夏の絵に白い花が現れた。夏に咲く白い花は永遠を表象している。(K)



2021年7月7日水曜日

楽譜という宝物

今朝、ガハクはギターの弦を注文した。ソフトテンションで押さえやすいのを選んだそうだ。私は楽譜をプリントするために6km下流のコンビニまでドライブ。

次に弾こうと思っているのは『夜間飛行』で、前田ただし氏作。レーシングカーが大好きな息子さんのために作られたという曲は、流れるような華麗さとスピード感がある。

マーエダ六重奏団のスコアは9ページもある。以前はそれをそのまま糊で繋ぎ合わせて、長くて広い台に置き、歩きながら楽譜を眺めて弾いていたのだけれど、今はそんないい加減なやり方はしない。バイオリンとギターのパートだけを鋏で切り取って台紙に貼り付けた。

『月が踊る』だって、弾けるようになって初めて「あゝいいなあ、この曲素敵だなあ」と思ったのだから、これからも新しい発見があるに違いない。

「弾けないのは、弾けるまで弾かないからだ」とガハクが言っているし、前田さんだって私たちが弾けない曲を送って来るはずはない。楽しさと喜びがある限り愉快に弾いていけるだろう。

今夜は七夕だ。雲の上を滑空し行き交う星々を想いながら弾いてみよう。(K)







2021年7月6日火曜日

長雨

 雨の日もテントの下で石を彫る。すっかり新しく生まれ変わった形に、以前の首の長いネッシーの面影はどこにもない。

久しぶりに天使の製材所のアルバイトが入って、二人で朝早く起きて弁当を作って夕方まで働いて来た。しかも三日連続!トワンがいたら気になって仕方がなかっただろうに、金魚だと留守番させても平気だ。悠々と泳ぎながら帰りを待っていてくれる。

バイト代が入った夜にガハクが、「バイオリンの弦を買ったらいいよ」と言ってくれたので、即注文。久しぶりに新しい弦に張り替え4本ともピンク色のシノクサに統一したら、あまりにもそれまでの音と違っていて驚いた。


すぐに思い出したのは、前田整氏が一年半前に私のバイオリンを眺めながら仰った言葉だった。「いろんな弦がありますね」と言った後に弾き始めた曲は『アルフォンシーナと海』で、小さく弱く静かに、でも掠れるような奇妙な音だった。そして、弾き終わって楽器を手渡しながら、「いい楽器ですね。大事にしてください」と仰った。その言葉の意味が、今やっと理解できた。

明るく柔らかく透明な音は、雨に染み込む。(K)



2021年6月30日水曜日

カドミウムイエロー

ガハクが絵の具を練っている。鮮やかな黄色だ。ヒンヤリとした光にもなるし、熱い光線も描ける強い色だ。このメーカーのカドミウムは、ねっとりして重くて練りにくいのだそうだ。顔料を詰めてある瓶を指差しながら、「ほら、毒のマーク」蓋に髑髏が黒のマジックで描いてあった。

画家にとって色は命だ。どんな欲望よりも勝るのがカドミウムレッドと言った画家がいる。でも反対に、カドミウムは毒だから決して使わないという人も実際に知っている。でも、ほんとはどうだろう?カドミウムの顔料は値段がすごく高いから、自分の絵にそこまで投資しようとは思わないだけかもしれない。人の本心というのは本人が誤魔化しているうちに、自分でも分からなくなっていることが多いのだ。

まっすぐに進めなくても、何度も打ちのめされても、その度に立ち上がった人は、そこに天使がいたことを知っている。自分の力だけじゃ生き残れなかった。

絵の具を練り終えた頃に、路地奥から救急車が出ていった。近所の爺さんまたすぐに戻って来るだろう。自分でマスクの紐を掛け直している姿を窓から眺めて、安心した。(K)



2021年6月28日月曜日

グリーンウォーター(生きるための水)

ガハクの『夏』の絵を見つめていると、緑の光線が、梢を透過し、枝の間をすり抜けて私の方へやって来る。キャンバスの前に立つ少年の目が朱文金のようだ。真っ黒でくりくりした目、まばたきもせず対象をじっと見つめている。パレットが緑の光線に照らされている。一色だけで描こうとしている。一色あれば十分か。

水槽を買って水温を一定に保つためのヒーターも取り付け、室内で飼うようにしてからは、金魚たちはみるみる元気になった。輝く水とは、グリーンウォーターのことだったのか。魚が生きて行くのに必要な微生物たちが活動している水の色は、淡く輝く緑色をしている。

グリーンエアに満たされて、S氏は今日も天界で絵を描いている。ガハクとぴったり視線を重ねて、真っ直ぐと、彼らは決して標的を外さない。(K)



2021年6月23日水曜日

太陽の裏側

夏至の朝、5時に起きた。血圧がいい数値だったので、すぐに動き始めた。ガハクも起きて来て、それから二人とも早起きになった。スフィアが変わったようだ。

病院にいる6週間ほとんど眠れなかったというガハクは、最後の数日だけよく眠れたのだそうだ。そんな朝に11階の病室の窓辺のベッドから眺めた赤城山から昇る太陽や、窓の横を飛び交う小鳥たちの様子を、決して忘れることのないその時の感慨と共に話してくれる。

『昇る太陽』の裏に回って彫り始めた。なんとなくそうなってしまっている形を 目指す方向にじわじわ動かして行く作業は、なかなかしんどい。根気が要る。ぐずぐずの石がパカッと割れて抵抗するのを宥めながら、細かな打撃で刻んで行く。立った姿が美しいのは、光が綺麗に回っているからだ。影がしっかり支えてくれるからだ。(K)



2021年6月17日木曜日

昇る太陽

「 女の人のような柔らかな線が出て来たね」とガハクが言う。手彫りでゆっくり詰めて行くと、無意識なものが形になって刻まれる。そういうのが芸術じゃなかったか。機械を使ってでも急いで彫らなくちゃ期日に間に合わないとか、ちょっと気に入らないところがあってもこのまま仕上げちゃえとか、他人の意見には耳を貸さないとか、石の脆さや節理を生かすも殺すも作り手の意のままという傲慢とか、思えばいろんな理屈を付けて回避して来た。

新しい仕事場を得たら、今まであったこと、やって来たことの中身やその詳細、そしてそこにあった落とし穴や迷路が見えて来た。やっと抜け出した。

彫刻に可愛らしさが出て来たのは、金魚のせいだ。あの子たちは水質を良くして水温を上げたら、まず眠り出した。今までの疲れを取ろうとしているのかと思ったけれど、きっと体の中に巣食っていた白点虫がだんだん消滅して来たので休めるようになったのだろう。よく食べる金魚は元気だ。まだ眠ってばかりいる金魚はゆっくり回復していくのだろう。

霊的な事柄はゆっくりと成就する。この世のことは性急だ。ごちゃ混ぜにしないこと。

シモーヌ・ヴェイユが聖書を引用して考察していた。パンを求めている者に石を与える人がいるだろうか、良いものを求め続けていれば決して悪いものが与えられるはずはないだろうと。だから自分も良いものに向かおうと。マタイ伝7章9を開いたら、確かにそのように書いてあった。「求めよ。さらば与えられん」というのは、ここのことか。

ずっとコーヒーは飲んでいないのを知ってか、昨日天使がスタバのコーヒーを降らせてくれた。今朝は久しぶりにパンとコーヒーで朝食をとった。喫茶店で一緒に飲もうよというのではなく、別々の場所で同じものを共に味わおうよという天使の気持ちが、今朝分かった。(K)



2021年6月16日水曜日

庭の菜園

夏至前にして、もう夏野菜が採れ始めた。古バケツに植えているナスがずいぶん大きくなった。大収穫が予想されるので、嬉しくなって牛乳パックで嵩上げをして肥料と堆肥を足しておいた。このやり方でならどんどん成長しても大丈夫、対応できる。

ずっと懸案だったスモモの横枝も切った。隣の塀ぎわに影を落としていたからだ。手鋸でゆっくり切った。切断面にボンドを塗り、和紙を貼っておいた。こうしておくと切り口が腐らずにすぐに再生する。

今年はリンゴの木にネットは被せないことにした。相変わらず黄色い葉っぱが出るけれど、今年も実が付いている。猿もよく知っているんだなあ、この辺りの様子がだんだん変わって行くのを。栗の木は切り倒され、斜面の整備が進んでいる。(K)



2021年6月14日月曜日

存在に会う

「いつまでもあると思っていちゃいけないの。すぐに無くなるものなの」と言ったのはシャーロットだ。『野生の棕櫚』(フォークナー)に出てくるヒロイン。彼女は晩秋の湖で素っ裸になって泳ぐ。ブルブル震えながらストーブで暖をとる姿が傷ましくも美しい。

出会った人は知っている。”存在”にもし出会えたら、それはもう奇跡だと。

画室のドアが開いていたので声をかけずに覗いたら、「わっ、ビックリしたあ」と、ガハクにすごく驚かれた。集中していたんだな。泳ぐ人が強くなっていた。世界にひとつしかない真珠を探しにぐんぐん潜って行く。(K)








2021年6月13日日曜日

石を彫るにも体幹

 今までで一番良い姿勢だ。毎日やっている腹筋と背筋の筋トレが効いて来た。腰を痛めなくなった。これなら今年の夏は元気に乗り切れるだろう。日焼けし始めたので、風呂敷やらシーツ、アルミブランケット総動員♪

若い頃は御影石を彫る時には、1.2kgの石頭(せっとう)を振っていたのだが、今回は大理石用の 800g のを使っている。軽過ぎて跳ね返されるかと思いきや、真芯に当たれば着実に剥がれていく。それにこの白御影石はグズグズで脆いから、小さな衝撃で着実に削って行くのが良いと分かった。軽いハンマーだからこそ、横打ちの連続が出来る。

大理石は石のうちに入らないなんて生意気なことを言う先輩がいたっけ。柔らかな石より、硬くて力持ちでなけりゃ彫れないような石を彫るのが偉いと思っている単細胞がけっこう多いw。

でも今、40年ぶりに彫り直していて分かったことは、大理石で鍛えた彫り方や見え方、考え方、陰影の使い方が如何に豊かで彫刻の領域を広げてくれたかということだ。立っている姿を見つめながら美しい形を探して彫り続けている。(K)



2021年6月11日金曜日

鹿の寝床

 ここはエデンの真ん中辺り。柔らかな草が繁茂している。よく見ると丸く押し潰された場所があちこちにある。鹿が寝た跡だ。夜になると平らな草原に丸くなって、ときどき寝返りなんか打つんだ。小枝が近くに転がっているから、むしゃむしゃ枝を齧りながら眠りについたりしたのかな。やさしい風に包まれて、安らかな一夜を過ごすのだ。(K)



2021年6月10日木曜日

ゴッホ以上の不幸はない

 苦しかった頃にガハクが、「大丈夫だよゴッホがいるから。彼以上の苦しみはもうないよ」と励ましてくれた。その時、「僕がゴッホの奥さんだったら、決して死なせなかったのになあ」とも言った。彼は自分の絵の価値を知っていたのに、惑わされ苦しみ悩んで自ら命を絶った。理解者もいたのに。支援してくれる弟に申し訳ないとずっと負い目を持ち続けていたんだ。そういう純粋な人の苦しみにすーっと潜り込んでくる卑しい意識、くすんだ想い、自己否定の葛藤から守ってあげることは、同じように絵を描くことに喜びを持っている人にしか出来ないだろう。

ガハクが山を描いている。自転車が出て来たぞ。トワンがガハクの後を追いかけている。「今年はトワンが来るよ」という予言はどういう形を遂げるのだろう。未だに謎だけど、ガハクの言葉を信じよう。(K)



2021年6月9日水曜日

夏至まであと12日

午前9時。朝から日差しが強いので、金魚に日除けをしてやったら、水の底でいつまでも眠っている。水温というのは、そんなに急には上昇しないんだな。それにしても今朝の金魚たち、全員寝坊なのはおかしい。

午前10時。彫っている石が太陽に照らされているのが見えた。だんだん蓄熱されるのは彫っている方も辛いので、急いで外に出て、アルミブランケットを東側にぶら下げた。

11時から5時半まで石を彫った。午後遅くなっても山に隠れない太陽。いよいよ夏至が近づいて来て、ついに裏庭まで照らされた。

午後6時。いつまでも明るいから急ぐこともないかと、自転車を押してゆっくり歩きながら景色を眺めた。鹿が齧った痕がある。何という木だろう?よく観察して、鹿の好物の木を特定しよう。(K)



2021年6月8日火曜日

節理を読む

石の摂理が厳しくて突然ガバッと剥がれたりするので、石と相談しながら彫っている。ボソボソの脆い石もゴツゴツの硬い石も、弱点を持っている。それが分かっていれば何とでもなる。柔らかな太陽の花を彫ろうとしている。(K)



2021年6月7日月曜日

Justice

町田康の 『告白』、わたしが先に読み始めたのに、とうとうガハクに追い越され、今夜は最終章を静かに笑いもせずに読んでいる。あんなに途中でしばしばクククッと含み笑いや苦笑いをしていたのにだ。熊太郎が可哀想の一心だろう。あ、今鼻をすすった。

途中でやっぱり私は読めなくなった。ガハクの解説を聞いているくらいの距離がちょうどいい。

「読んでいると頭が澄んでくるね。鋭くなる」と言う。正義があると思っていたのに、ちっとも世界はそんな風には動いていなかったことを知る熊太郎。今日は彼と同じ目に合わされた。家庭内のDVや利害や狡猾が他人に向けられる。忌まわしく汚らしい言葉を当然のように語る人たちにうんざりしながら、憐憫を感じつつ労働に勤しんだ。黙って即座に動ける体力と気力は普段から鍛えてある。

ガハクは、敵に対して仁王立ちして正面から見据える。熊太郎のことを解る人は少ない。事件が明るみに出てニュースペーパーを騒がせるようになると乗っかってくる連中はとても多い。それが世間。うんざりだ。やめたくなる。(K)



2021年6月6日日曜日

水を得た魚

 昨日転んだ山道に、最後までしがみついていた悪霊を落っことして来たらしい。今朝は気持ちが軽かった。その証拠に、起き抜けに測った血圧が素晴らしかった。何回計っても上が130台、下が70台。こんなことは初めてだ。血圧計を買って以来だから、20年かかって遂に達成!

何が効いているのか考えてみると、魚、豆、睡眠、自転車、筋トレ、、、、いろいろあるけれど、アトリエを引っ越したことが大きいかな。もう憎悪を投げてくる奴はいなくなって、ここではガハクがノミ音を聞いてくれるし、小鳥たちは石彫る音に重ねて歌ってくれる。なんてたってガハクの生還以来、食事と睡眠には気をつけているからね。

今朝ガハクは山散歩に出かけて、私が転んだ場所を特定し、「石を片付けておいたよ」とのこと。今週は梅雨の中休みでいいお天気が続くそうだから、ペダルを漕ぐぞ!(K)



2021年6月5日土曜日

大きな絵と小さな絵

 ガハクが生還して75日ぶりにキャンバスの前に立って絵筆を動かしたのが、ちょうど一年前。その時に最初に取り掛かったのは、後ろにある150号のキャンバスだ。

よくもまあ病後のひ弱な体で、踏み台に乗るのもやっとの体力で(実際に一度は段を踏み外して転んでもいる)大きな絵から始めたねえと言うと、
「大きな絵に頼ったんだね」と、意外な言葉が返って来た。

大きな絵だと、思いつくままどこか一部分を描いていても、やがてそれが繋がってだんだん出来上がって行く。それが小さな絵になると、集中力が要るという。意識を研ぎ澄ますには、あの時はまだエネルギーが足りなかったんだそうだ。コツコツ、とぼとぼ、ジリジリと進む時もあれば、カーッと燃えるように駆け抜ける時もある。

今夜は小さな絵を描いていた。この赤い木は何を表象しているのだろう?(K)



アルミブランケット

 難民支援団体から届いた封書に入っていたアルミブランケット。窮乏する人々に思いを寄せて欲しいからだと書いてあったが、義援金は送らずに、小さく折り畳まれたキラキラ光るハンカチくらいの袋を本棚の隅に突っ込んで、もう何年もそのままになっていた。

今日は朝から雨だし風もある、、、そうだ!あれを使ってみようと思い立った。広げると、バスタオル2枚分の大きさになった。軽くて風が吹くとパリパリッと軽やかな音がする。キラキラ反射しているけれど、空が少し透けて見える。太陽光を完全に遮断するわけじゃないようだ。こんなペラペラのもので体を包んで、果たして寒さが防げるだろうか?などと思いながら、石を彫り始めた。

「おい、雨の日は休め!」とよく石彫の先生に言われたもんだ。酒を買って来て石彫室で早々と宴会を始める先輩たちもいて、仕方がないので道具を片付けて付き合ったりしていた。やりたい時がやれる時なんだ。若い頃は、人間付き合いには苦労した。

夕方部屋に入ると、「いい音出してたね」とガハクに言われた。今日から思い付いた形を思い切って彫り始めたからだろう。それがノミ音に出るんだな。(K)





2021年6月4日金曜日

朱文金(しゅぶんきん)

 午後もだいぶ遅くなって、やっと朱文金3匹がやって来た。水温が同じになるまでビニール袋ごと水槽に浮かべていると、珍しそうにビニール越しに先住者が近づく。水を少しずつ入れて水合わせを1時間かけてやった。

ガハクがそっと水に入れると、スッと指の間から滑り出て、ゆっくり泳ぎ出した。

何も知らずに買ったけれど、この金魚はヒブナと和金の交配種でずいぶん大きくなるらしい。長生きすると最大30cmになるそうだ。驚いている。どうしましょ、、、と昔の私だったら先のことを考えて新たな悩みを抱え込むのだけれど、そんなことになったら楽しいじゃん。

改めて金魚たちの種類や特徴を調べている。おたまと呼んでいたのは、リュウキンだと分かった。出目金はそんなに大きくならないそうだ。だからいつまでもぴょこぴょこ泳いで可愛いのか。やってみて、しくじって、後から学んでいる。

それにしてもガハクの手の色、血色のいいこと!これが1番の喜びだ。(K)



2021年6月2日水曜日

水が合う

水が合うと、金魚は自然に泳ぎ出す。あっちに行ったりこっちに来たり、ぐるっとUターンしたかと思うと底を突っついている。皆仲が良さそうに見える。

気が合うと、人は勝手に喋り出す。聞いてくれると思うからどんどん言葉が浮かぶんだ。話題を考える必要もない。何でもいいんだ。好きな人の声を聞いているだけで楽しい。だから生き物にとって環境を整えることが、最重要課題なんだな。

金魚用の5色の石の粒の砂利を取り寄せた。届いてすぐに水底に敷いてやった。pHが良くなるらしい。見た目も綺麗だけれど、金魚たちも喜んでいるようだ。
「金魚を見ていると飽きないねえ。何でだろうねえ。ずっと見ていられる」とガハクが言う。

泳ぐ人の周りに花がいっぱい咲いている。水が澄んでいるということは、何も無いということじゃないんだな。水の中に充満した香りや味が楽しさと喜びになって、透き通って偏在している。(K)



森の穴

ガハクが撮って来たこの写真、長閑に浮かんでいる白い雲を狙ったそうだけど、雲の方が森の穴からこっちを覗いているようにしか見えないなあ。変な頭だもん。

ガハクが少年の頃、まだ幼かった甥っ子たちとかくれんぼして遊んでやった時のことだ。先に見つけたと言うガハクに対して、「お兄ちゃんから見えてたのなら、僕からだって見えていたはずだ」と抗議して来た。「頭のいい子だなあと感心したよ」と話してくれた。彼は成人してロッカーをやって、漫画のストーリーを書いたりして、休みは釣り船に乗って海の魚を獲るのが趣味と聞いている。今はどうしているか知らない。

見ている者は同時に見られてもいるのだと、イタロ・カルビーノが書いていた。あれは、小説の主人公がステージの上で役者として演じている時の意識についてだったな。客席の人々の目も持つと言うそれって、自意識とどこが違うのだろう?

こっちから見えなくても誰かに見られているという気持ちが、山の中ではときどき起こる。

夕方自転車を押しながら山道を登っていたら、突然近くでぴゅーっと鋭い声が上がった。すぐに私も強そうな声で、グァッと叫び返した。たぶん、いつもの鹿だ。(K)



2021年6月1日火曜日

眠りの花

ガハクが使うこの金色に見える黄色が好きだ。

今が昼なのか夜なのか分からない。常に明るい場所というのがあるそうだ。燃える花が空に浮かんでいる。輝く光に包まれて、花の中で眠っている人がいる。全てを照らしながら、焼き尽くすことだって出来るのに、そうはしないあの花のことを何と呼ぶ?

人工呼吸器装着から数日後、自分で管を引っこ抜き「キョウコに会わせてください」と言ったガハク。最後に伝えたかったことがあったのだけど忘れたと、覚えていないと言う。眠りの中で見たことや、聞いた言葉は、この世に滅多に運ばれては来ない。(K)


 

2021年5月31日月曜日

夏至まであと3週間

雲が切れると太陽がカーッと照りつける。

西陽の方向に広い布を垂らした。麦わら帽子も被った。ハンマーを大きく振ると、帽子のツバに当たってバサッと音がする。あまりに邪魔なようだったら、ピンで留めよう。ずっと以前、屋外で石を彫っていた頃は、麦わら帽子の片側だけ糸で縫い付けていたんだ、テンガロンハットみたいに。

日曜日も石を彫れるようになった。まわりの風景に音が溶け込んでいく感じが掴めたから、安心して彫っている。

今日は、赤いホーローのマグカップに紅茶をなみなみと注ぎ、すぐ近くに置いて彫り始めた。だけど、すぐに飲み干して無くなってしまった。夏至まであと3週間だものね。(K)



2021年5月29日土曜日

下界との境目

クサギの枝のトンネルをくぐると、急に辺りがパーッと明るくなる。谷から尾根に出たからだ。その明暗を分ける境目のところに、山のてっぺんから転がり落ちた岩が、デンと座っている。

そこからは、どんどん高度が上がって、3回曲がると頂上だ。下を見ると黄色の大きな家が見える。あれは銀行家の家だ。我が家は山が近過ぎて見えない。小さな家々が川沿いにへばりついて並んでいる。可愛い小さな集落だ。

息を整え、気合を入れて、一気に下る。頂上から麓まで、10分もかからない。(K)



2021年5月28日金曜日

水を知る

 金魚を飼うようになってから、ガハクの描く水の色が変わった。

魚にとっては空気のような水。人にとっては水のような空気。息が詰まるのは、苦しいことがあるからだ。息をしているのを忘れるくらいに自由に泳げたら、こんなに楽しいことはない。

重苦しい空気、爽やかな風、水の中にもあるんだろうな。

この人の目は魚のようだ。裸眼で水の底を見つめている。海底から光が射している。光に向かってずんずん降っていく。魚の天国は海の底にあるのだろう。(K)



2021年5月27日木曜日

供養

 昨夜 "Baila la Luna" を合奏をした後、寂しい気持ちに浸っていると、突然ガハクが「供養だね」と言ったので驚いた。ガハクはいつからそう思っていたのだろう?

「自分が死ぬと分かっている時に、僕のことを忘れないで欲しいなんて思うだろうか?」という疑義まで出して来た。

「無意識の領域というのは広大なんだ。もしそれをとらえられたら、これが自分だと思っていた意識は今よりも倍以上に広がって豊穣になるだろう。そしてもっとその先の知らなかった意識まで見えて来る可能性がある」と言うのだ。

だからそういう重大な地点、あるいは時点に立った時に人は、振り返るだろうか?そんな余裕あるだろうか?というのがガハクの疑問らしい。怪しんでいるのだ。「人それぞれ違うとは思うけれど」と、付け加えた。

ダンテが『神曲』の中の煉獄の章で、死んだ人のことを想い続け、祈り続けることが、魂の救済になると書いていたのを思い出している。(K)



月は踊った♪

今夜の満月に間に合うようにと、毎日この曲を練習して来た。「こんなに聴いたのは初めてだなあ」とガハクが言うくらいに、前田さんとその楽団の演奏を繰り返し聴いて研究して来た。

そして初めて録音もした。再生してみたら、ガハクも私も今までで一番よく弾けていた。

空は曇っていてスーパームーンも皆既月蝕も見えなかったけれど、月の光は届いていた。やっと弾けるようになった"Baila la Luna"を これからも弾いていこう。(K)


 

2021年5月25日火曜日

月の光

直に触れることができれば、同時に見ることができれば、いっしょに聞くことができれば、誤解も生まれないだろうに。間に立つ者が訳のわからぬことを言い立て解説など始めてからは、人々は真理の光を直接浴びることが無くなってしまった。 権威の冠をかぶった者たちと金持ちたちが、高いビルの屋上に作ったプールで月の光と太陽の熱を浴びて泳いでいる。

今夜は夕飯が終わってすぐに楽器を弾いた。ガハクと練習している『月は踊る』は、とても不思議な曲なんだ。聴いていると何でもなく簡単そうに思うのだけど、自分で弾くとなると難解で速過ぎてどこでメリハリを付ければいいのか分からない。リズムとメロディーが出会うポイントが掴めないのだ。それでも毎晩二人で弾いていたら、遂に今夜ノリが出た。月の光がさして来た。音楽は誰のためにあるか、今夜分かった。月に対峙した孤独で寂しい個人のためにある。(K)



2021年5月22日土曜日

お前が落としたものはこれかえ?

 山道でガハクは四角形をしたゴムの小さなブロックを拾った。誰が落としたのだろう、ここは滅多に人が来ない場所なんだ。汚れてもいるし傷だらけだけど、何かに使えるかもしれないと思い、ポケットに入れて持ち帰った。家に着いて、改めて眺めていたら嫌になった。

何でもかんでも拾って来るのもいい加減にしないとなあ、と思ったらしい。で、ゴミ箱に捨てたんだ。

ところが、しばらくして「待てよ。あれは、僕の長靴の底にくっ付いていたものじゃないか?」と、突然閃いた。ゴミ箱から取り出し来て、長靴の底を見たら、空洞が出来ている。そこに当てがってみたら、まさにピッタリ嵌った。水が浸み込むようになっていた使い古しの長靴が、再び蘇った瞬間だ♪

「もう何年履いてるんだろう。トワンが生きている頃からずっと履いているんだよ」と、新しいゴム長も買ってあるのに、また古い方を履いている。(K)



2021年5月21日金曜日

満月に間に合うように

今夜は、YouTubeのマーエダさんのスピードに何とか二人とも着いて行けた。今度の満月はスーパームーンで大きくて、皆既月蝕まであるという。そんな特別な夜に、この曲を、軽やかに踊るように弾けたら最高だ。

「これは愛情を持って言うんだけどね、マーエダさんはダメだなあ」としみじみガハクが残念そうに言った。夕飯を食べながらよく彼のことを語り合うんだ。「僕は生き残ってみせるって言ってたけど、精神論や意思の力だけじゃやれなかったじゃん」と。

今夜初めて最後まで合奏できた。ギターのリズムが耳によく聴こえた。満月に間に合いそうだ。(K)





金色の水

ガハクがまた『泳ぐ人』を描き始めた。金色に光っているように見えたので、金色を使ったの?と聞いたら、使っていないと言う。レモンイエローとイエローオーカーと白が混ざり合った明るいタッチで塗られた水が、金箔のように見えたんだ。

生きている水は、見れば分かると書いている人がいたけど、ほんとかなあ。金魚を生き返らせる、生きた水が欲しい。(K)







2021年5月19日水曜日

夏のエヴァの木

頂上まで自転車で到達した日に、エヴァの木のことを思い出して探した。冬枯れの山にポツンと立っていた、あの白く輝く木を直に見てみたいと思って。でも、それらしい木は見つけられなかった。

家に帰って「エヴァの木はどこにあるの?」とガハクに聞いたら、
「頂上じゃなくて、もっと下の方だよ。だけど、見つけられないと思う。今はすっかり緑に覆われて、様子がすっかり変わっているから」と言われたんだ。

今朝のエヴァの木は、雨に濡れてテラテラと黒光りして、黒人の女の人のようじゃないか。(K)



2021年5月18日火曜日

少年ガハク

『少年老い易く学成り難し』
人は一年でこんなに成長できるのかと、胸が熱くなる。あの日から今日までのことを一つ一つよく覚えている。ガハクが倒れて、死にかけて、生還して再び筆を取るまで75日かかった。今日のガハクをハグすると、胸の厚みに驚く。こんなに愉快な日が訪れるなんて、一年前に想像できただろうか。

『意志あるところに流入あり』
生まれ変わることを与えられて、乗り込むように積極的に乗り出した。毎朝妖精たちに会いにいくと、山にヨチヨチ歩きで出かけていく姿は、ほっそりとして背が異様に高く感じたものだ。大学病院の廊下でリハビリを受けていた頃、歩行補助機につかまってゆっくり一歩ずつ歩き始めた時の背の高さ。看護師たちにも言われた「背が高いですねえ」って。あの月夜に見た白い人のようだった。すーっとまっすぐ伸びた体は、清々しかった。

『どうも死は無いようなんだよ』
死ねば楽になるなんてことはないそうだ。だから生きるしかなかったんだそうな。人工呼吸器の管を自分で抜いて「恭子に会わせてください」と言ったそうだ。ガハクは、69才になった。愛とか、生命力とか、意思とか、言葉が動くのを目の前で見ている。(K)


 

2021年5月17日月曜日

石屋と彫刻家

 ちょっと得た技術で、なるべく手間も時間もかけずに、見た目の良いものを作ろうとしていたから、この程度で満足していたんだなあ。表面処理にばかりにこだわって、ノミ痕を揃えることに熱心で、肝心の形が甘くなってしまっている。そんなの死んでも誰も見向きもしない。生きているうちに彫り直せて良かったよお〜♪

石屋にもなれない、彫刻家にもなれないアーティストだなんて、くだらない。(K)



2021年5月16日日曜日

お花の道

 山道にヤブデマリの花が散っている。自転車でここを通ると、いつも一枚タイヤにぺたっと張り付いて、山の上までそのままだ。

散歩から戻ったガハクの頭から、はらりと落ちたこともある。よく見ると、先は四つに別れてはいるけれど、元は一つに繋がっている一枚の白いシートだ。これは花ではなくて、きっと萼なんだな。

一昨日の鹿も、ここを通って降りて来るのだろう。所々に動物の足跡が残っているから。(K)



2021年5月15日土曜日

おたま金魚

 次々と死んでいく金魚に、「金魚って難しいんだねえ」と、ガハクと何度口にしたことか。4月の初めに大阪から取り寄せた11匹のコメットは、今は3匹しか生きていない。

気を取り直して、今度こそと思ってすぐお隣の群馬県のお店を見つけて、和金5匹を注文。添付されていた育て方通りにやっているからか、今のところ皆元気だ。

⇩これは今日届いた『おたま金魚』だ。前回と同じ群馬のチャームというお店から。しかし、開けてびっくり!太くて、丸くて、でっかいのが、お尻をふりふり泳いでいる。こちらの想像を遥かに超えていた。しばらくガハクとぼんやり眺めていた。金魚というのは、もっとスリムで、シャープで、キラリと身を翻して泳ぐものではなかったっけ、、、

「おたま」という意味は選別外という意味なのだそうだ。金魚の種類なのかと思っていたが、どうりで出目金もやたらに目がでっかいし、姿が不恰好なのか。

それでもじっと眺めていたら、だんだんこの子らの性格が見えて来た。みんな仲良しなんだ。一列に並んで泳ぐかと思うと、おしくらまんじゅうみたいに1箇所にぎゅっと集まって、ふりふりひらひらしながら話し合っている。太っているからすぐに死にそうもない。と言うか、こちらを楽しくさせてくれる。面白いもんだなあ、金魚の姿にすっかり気分が明るくなった。(K)




エデンの小道

 山のてっぺんまで小道がずっと続いている。この一年、ガハクが毎日歩いて作った踏み跡だ。

朝登ったのと同じ道を、夕暮れにまたガハクは自転車で登る。今日は鹿に遭ったそうだ。山の入り口の林道をガサゴソと動物が動く気配がしたかと思ったら、「真っ白いお尻が林道を駆け上って行ったよ」と言う。鹿のお尻は可愛くてよく目立つ。群れの先頭を歩いていく旗印でもあるのだろう。ピンと尻尾を立てて行く。

私も、夕方に自転車で山に出かけるようになった。だんだん距離を伸ばして、やっと頂上に到達したのが1週間前。久しぶりに眺める山の中は、ただ美しかった。ススキが原と呼んでいた荒れた草原は、木々に囲まれた庭園になっていた。

帰りにエデンの門を過ぎた辺りで、ガサゴソと何かが動く音がした。きっとさっきガハクが見たのと同じ鹿だ。夕暮れに水を飲みに降りて来たんだな。(K)



2021年5月13日木曜日

真っ直ぐな視線

人を描くことの難しさは、目なんだ。描き手でさえ、絵から返って来る視線に耐えられない。相手の目を見て話すことができるのは、詐欺師か自信家、そして子供と子供のような人だ。訓練してそのように振る舞うことを覚えちゃった人は、多いけれども。

 「ガハクの青は綺麗やねえ」とクミさんに言われたガハクは、今も変わらず素敵な青を使う。そして真っ直ぐに見つめて来るこの人を包む青は、霊界の透明なスフィアを表している。(K)



2021年5月12日水曜日

石の飛行角度と方向

 踏み台に乗って黒御影石をはつり始めて、ちょっと待てよ、まずいなあ、、、と思った。重いハンマーでカツンと叩くと、石のカケラが鋭く飛び散る。ときどきトタン壁に当たる音もする。屋根を越えるほど飛ぶことは無いけれど、角度によっては隣家のベランダに乗っかることだってあるだろう。

リンゴの木にネットを被せるために作ったT字形の竿があったな。あれを使おう!丈夫な帆布もある。掛け軸みたいにぶら下げてっと、、、なかなかうまい具合にセットできた。この庭にはこの庭に合うやり方があるようだ。

周りに配慮しながらもいつも自由であること、集中できること、ありのまま且つオープンであること。それは、透明な丸い球を作るということだ。(K)



2021年5月11日火曜日

絵の中の肉付け

激しいタッチで描かれている絵の中に、この女だけが彫刻のような肉付けをされていて目を見張った。ジャコメッティがやろうとしていたことだ。スカスカの空間を遊ぶのではなく、内部が充満した肉体を作り上げること。どうでもいいことをあれこれ賑やかに華やかに語るのではなく、大事なこと愛しいもの忘れがたい事柄を描き残そうとすること。限定的で移ろいやすいものに人目を惹き付けることはやめて、観ているものから湧き立つ香りのその向こうにある存在を色で刻もうとしている。だからガハクはこの絵に取り掛かるにあたって、「リベンジだ」と言ったのだろう。(K)


 

2021年5月10日月曜日

黒御影石の音

二人で向き合ってパンをかじっていると、ガハクが唐突に「こうやっていると、死んでいるのか生きているのか分からなくなるよ」と言う。そう言われて周りを見渡すと、採石工場の音は止んで静かだった。「喜怒哀楽がない状態とでも言うのかなあ」と説明してくれた。

今日から黒御影石の部分を彫り始めた。耳栓を外すと、甲高い金属音が辺りに響き渡っていて、自分でもびっくりする。久しぶりに聞く音だ。丁寧に一振りごとに小さな石の山を叩き落として行く。黒と白が綺麗に繋がること、穴のシルエットを美しくすること、柔らかな形を生み出すことを目指している。

午後になると太陽が横から照りつけるので、シートを可動式にした。手動だけど、なかなか上手く作れたと思う♪(K)



2021年5月8日土曜日

踊る犬

 トワンはよく踊っていたなあ。ぴょんぴょん後ろ足で立ち上がっては、歌いながら踊る私を追いかけていたっけ。ガウガウ唸りながら、それがトワンの歌い方だった。興奮すると勝手に声が出る。自然とステップが始まる。

画室を覗いたら、今夜もガハクは、トワンと踊る赤い服の女の子を描いていた。そして、「いい音が出ていたねえ」と、さっきまで弾いていたバイオリンを褒めてくれた。ガハクもギターで同じ曲を練習している。リズムとノリが体に入れば、何とかなるだろう。そして、いつかはあの艶やかな紡錘形の音色が出せるようになりたい。そしたらその時、彫刻だって月のように輝き出すだろう。(K)



2021年5月7日金曜日

勘が戻る

 午後から降り出した雨が、シートをポツポツ叩いている。

石を彫る勘がやっと戻って来て、ハンマーがノミの真芯に当たるようになった。1時間くらいなら楽に彫れる。途中でお茶を飲めば、また彫れる。

隣の家の白い壁が絵画棟に見えて来た。裏の土手の向こうにある家は、工芸棟だ。スケールこそ違うけれど、昔と同じように空の下で彫っている。

トワンがいた頃はずっと閉めっぱなしだった門も、朝になると開け、夕方に閉めるようになった。新しい習慣だ。犬が来たら、また変わるかも♪(K)



2021年5月6日木曜日

水合わせ

 金魚が届いた。小さくてピチピチしている。金色がかった素敵な金魚も混じっている。口紅を塗ったようなセクシーな顔をした金魚がいたので、モンローと名付けた。

すぐに水槽に入れてはいけない。袋のまま1時間ほど浮かせておいて、やっとビニール袋を破ってバケツに移した。少しずつこの土地の水に慣らして行く『水合わせ』というのが大事なんだと、今頃知った。

6匹も死なせてしまって学んだことは、たくさんある。たかが金魚と思っていたけれど、ずいぶんデリケートな生き物なんだなあ。それぞれ顔も違うし、尾びれの形だってどれも同じじゃない。

また死んでいるんじゃないかと思って、朝ビクビク覗き込むバケツと水槽。そんな日が続いた。

でももう負けない。また育てることにした。自然の過酷さには抗えないけれど、何度でもやってみよう。そのうちに、私も金魚と話ができるようになるだろう。(K)



2021年5月5日水曜日

生意気ざかり

 今まで見て来たガハクの自画像の中で、これは一番元気がいい。なんでもやれそうな顔をしている。体の中にエネルギーが詰まっている。こういう風に描けるようになったのは、熟したということなのか、削ぎ落とした結果なのか?実際に、今のガハクは、このようだ。ピンピン飛び跳ねている。

金魚を飼い始めたら、可愛くて仕方がない。私が家で石を彫るようになってからは、「僕らのこういう生活には犬はいた方がいいよ」とはっきり言い始めた。しかもガハクは密かに、あちこちの保護犬の団体を調査していたらしい。そして、ずっと私の決断を待っていたようだ。夕方になって、「登録しておいたよ」ですって♪

ついに犬を飼おうと思うまでに二人とも成長した。暗い闇から抜け出した。(K)



2021年5月4日火曜日

息がぴったり合う

 相手と息がぴったり合って初めて面白さが分かる。何をするにもコンビ次第だ。でもほんとうは、コンビがよけりゃ物事が上手く行かなくても楽しいのだ。アトリエの解体作業がそうだった。労働は過酷だし状況は惨めなはずなのに、毎日が楽しかった。

今夜初めて『Baila la Luna』が弾けた。前田さんのスピードとリズムに着いて行けた。一緒に弾いてもらうと分かることがいっぱいある。弾けるようになると面白さは倍増する。

白御影石と黒御影石のコンビネーションを手彫りで探索している。ゴールデンウィークでハイキングの人たちが家の前を通る。彼らの耳にも届いているはずの石を彫る音は、小鳥の声や電車の音と同じ。自然の一部になっている。

コツコツコツコツ彫っていたら、穴の向こうにひょいと白い犬が現れた。久しぶりに会って話をする喜びに浸っていると、横からガハクに向かってぴょんと飛び上がり前足をかけて見上げている。おゝトラに好かれているらしい。いいなあ♪(K)



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