2021年3月1日月曜日

小鳥のような花

 花が鳥のように手のひらにとまった。小鳥に向けられる目は、言葉のないシンプルな通信。

今朝ガハクは、ジョウビタキに語りかけた。茂みの中からじっと見ているのが分かったから、「おいで!おいで!一緒に行こう」と呼びかけながら走ったら、しばらく飛びながら着いて来たそうだ。まるで山道で偶然出会った人懐っこい犬みたいじゃないか。

緑の森の乙女の左手に、赤い小鳥か、赤い花か、どっちにも見える生命体が天から降りて来た。それをふっと受け止めた瞬間を見せてもらった。夜中のこんな時間に森の精霊に会えるなんて、なんと素敵なことだろう。(K)



2021年2月27日土曜日

土地を元に戻す

アトリエの解体がほぼ終わって、今日から土木作業に入った。地主さんには、出来るだけ元の状態に戻してくれと言われているから、ここは頑張るしかない。まずは、コンクリートで作った定盤の掘り出しから開始!

これは、35年前に依頼されて作った大理石のオブジェを仮設置する為に作ったものだ。中央に長さ50㎝のステンレスパイプが入っている。どこに針金を入れたっけ?もうすっかり忘れてしまった。周りからじわじわ探索。

縁に10番線がグルリと回してあるだけだった。いやあ、助かった。2時間ほどで粉砕終了。

ここら辺はどこも斜面だ。アトリエ内を平らにするのも大変だったけれど、フォークリフトが入れるように導入路をガッチリ固めるのには苦労した。ちょっと掘ると、ガハクが敷き詰めてくれた大きな石が次々と出てくる。トイレのタンクを引き上げた後、大きな穴を塞ぐのに石クズを埋めてもいいと言う許可はもらってある。入り切らない分は、フレコンバックに詰めて廃材処理業者に頼むつもりだ。

二人で作ったものだから、二人で壊すことだって出来るはず♪千里の道もようやく真ん中辺りまで来た。(K)



2021年2月26日金曜日

囀りの塊

ガハクが「囀りの塊」と呼んでいるのは、こういう状態のことだったのか。スカスカの小枝の間に小鳥の姿は丸見えだ。てんでに勝手に話しているはずだけれど、全体としては美しい。

「あれは合唱なんだね」とガハクは言う。突然皆がピタッと鳴き止むのは、子供が唐突に「パパ!なぜなの?」と聞いたからなんだそうな。子供の目、天使の声、無垢なものには皆が耳を傾けるというのが、小鳥の世界の掟なんだ。

しばしの静寂と沈黙の後、また一斉に囀り出すシジュウカラの群れ♪(K)


 



2021年2月25日木曜日

綺麗な水

 こんな綺麗な水が描けるんだったら、何も話す必要はないな。

タルコフスキーの映画『アンドレ・リュブロフ』の無言の業。ただ口を閉ざしただけじゃない。絵筆を取ることも止めたんだ。絶望した少年を励まそうと思わず近寄り抱きかかえ、禁を解かれたように初めて口を開いて出て来た言葉が、「君は鐘を作れ!僕は絵を描く。一緒にやろう」というのだった。ドッと堰を切ったように泣いてしまった。こんな荒涼たる世界に何があるって?こういうことしかないじゃない!

画室を覗いたら、女の子の着物の色が塗り替えられていた。夕暮れの暗さの中で白く輝いて見える。赤い着物の少女はどこかへ消えた。絵の言葉は、綺麗な水から出てくる。(K)



2021年2月24日水曜日

チェーンソー登場

チェーンソーを初めて解体作業に使った。建てた時とは逆の順序で積み木を崩すように取り外していけばいいのだけれど、電気をまだ使いたいから壊せない場所があるのだ。で、このようにぶった切っている。

ちょうど太陽に照らされている辺りにフォークリフトの爪をかけ、グィーンと引き上げては後ろに退がり、爪を引き下ろす。それを3回くらい繰り返して地面に梁を寝かせることが出来た。大仕事は無事に終わった。

今日はあちこちに電話をした。廃材処理業者、東電、清掃センターだ。ケイタイにも電話がかかって来た。出来ないことは人に相談する。自分たちで出来ることは労を厭わずやる。ひとつひとつ解決して行く。

夕暮れに二人でドアのベニヤ板をカッターナイフで切った。紐で束ねて、燃えるゴミの日に出す。明日はいよいよスレート屋根の解体だ。防塵マスクを嵌めて作業して、その後シートで包んでおくことにしよう。(K)



2021年2月23日火曜日

魚人の髪

 どんどん変わって行く人を見ている。スピードが上がっている。このペースで行くと、あと1週間もしたらこの魚人は海溝に到達するんじゃないかな。そしてアトリエの解体も終わるだろう。そしたら、いよいよ青空の下で土木作業や運搬仕事に励むことになる。

二人とも顔が日に焼けて来た。一年前の今頃は、ガハクは白くて細くてまだ水だって飲めなかったんだ。連休明けの2月24日に医師の指導の元で「飲んでみてください!」と言われて、恐る恐るコップの水を口に含んで飲み込んだ。管を外して、初めての食事が始まった。

「立つということがこんなに苦しいことだとは知らなかった」と、退院したばかりのマーエダさんがツイートしていた。それを読んだガハクが、「あれは一番苦しかった」とリハビリの初日のことをまざまざと思い返して話してくれた。病床から立ち上がるまでの道のりの厳しさを身を持って体験した者同士、住んでいる世界は違うけれど、実感を持って共感し、同情し、寂しがっている。

だから、今日も勇んで解体作業に向かったんだ。「早くやりたくて仕方がなかったよ。買い出しから帰って来るのが待ち遠しかった」というガハクは、去年カビだらけになった座敷の絨毯をめくって、掃除機をかけてくれた。おかげで今夜は爽やかだ。(K)



2021年2月22日月曜日

わずかに残ったエネルギーの豊穣

 綺麗だなあと、思わず画面に近づいた。女の人のように見えるけど、性別はないそうだ。お魚のような感じで描いていると言う。確かに山の小鳥も海の魚にも性別はあるけれど、眺めている時はそんなことは考えていないな。

今夜のガハクは、黄色の絵の具を練っていた。この魚人にまとわりついている光に使うのだろう。1日の限りある大事なエネルギーを毎日アトリエの解体に消費させてしまって申し訳ない。今日も元気に活動できて、美しいもののことを忘れずに生きていられたことを感謝しよう。

冷蔵庫が空っぽになって来た。明日は美味しいものをいっぱい買って来よう。野菜が足りない。リンゴやミカンも買って来る!(K)





2021年2月21日日曜日

棟下ろし

解体開始から10日目。いよいよ今日から太い骨組みの取り外しに入った。角材は全て金具で留めてあるので、手順さえ間違わなければ簡単なはずだ。高所での作業はガハクがやってくれる。私はフォークリフトの運転と操作。あとはひたすら廃材処理に専念している。

ときどき声がかかる。
「あ、釘が落ちた!」フォークリフトのタイヤに刺さると嫌なので、すぐに釘を探す。必ず見つかるから、やっぱりいつも近くに天使がいて見張ってくれているようだ。

アトリエを建てた時もガハクと二人で夢中でやったけれど、壊している時にも 楽しさや喜びがあることに気が付いた。ガハクとやっていると、どんなことでも面白い。労働の中にはいつも何か新しい発見があって、それは今まで知らなかったことだから新しい体験となり、どうでもいいことは堕ちて、大切なものが浮上して来る。

分かった!そこに愛がなければ、何やってもつまんないということだ。(K)



南天が大好き

 窓の外を真横に弾丸のように突っ切っるのは、ヒヨだ。今朝も南天の実を啄んでいた。
「枝が揺れない。体が軽いんだな」と、ガハクが感心して眺めている。

今日は山でルリビタキを見たそうだ。2羽で遊んでいたと言う。たぶん番だろう。薮の中の小枝の間で遊んでいる写真を見せられた。青い背中と黄色の胸をしているのは分かったが、ボケた画像で使えない。

ヒヨの青みがかった羽の色は美しい。他の小鳥を追い散らしたりするけれど、大きいからときどき威張ってみたくなるのだろう。それでもめげずにメジロもシジュウカラもやって来る。小鳥たちは南天の実が大好きなんだ。(K)



2021年2月19日金曜日

テクニックあるじゃん

わあ 彫刻的になったねえと、感心しながら眺めていると、
「僕テクニックがあるんだよ」と、笑う。ガハクは下手だと思われている節があるから、私は不満なのだけど、本人は気にしていない。上手に描くことなんか屁とも思っていないからどうでもいいらしい。デッサンするとさすがだ、私なんかとは筆致が違う。長いこと訓練も模写も練習もして来たのに、それら全てを忘れて子供の頃の自分を取り戻すところまでガハクは戻って来た。子供の頃に戻っても何にも無かったら絶望するだろうけれど、ガハクは絵を描くのが大好きだったから、そこに再び泉を見つけて喜んでいる。

競走に勝ち残った人々は大抵が卑しい。代議士なんかやりながら詩を書いたり、絵を描いたり出来るだろうか?そういう場所のスフィアは臭いが悪い。意識の環境を理解すればするほど、わざわざそんな所に近づいたりしないものだ。政治を語る人に囲まれていると、元気が出ない。作るにも、壊すにも、意欲の在処が悦びにもなり、苦しみにも変じる。そこまでは解ったんだ♪(K)


 

2021年2月18日木曜日

昼間の三日月

 草の上で筋トレをした。青い空を眺めながらクランチを始めたら、太陽が眩しくてとても目を開けていられない。手をかざしながら続行。腕立て伏せも、軽いジャンプも、土の柔らかさが感じられた。小さな雲の横に薄く細く白い月が浮かんでいる。昼間の月を見上げながら体操なんて、子供の頃以来かしら?人は人を好きになり、人は人を恐れる。だけどガハクは、あんなに意地悪だったあの人たちにさえ愛おしさを覚えるという。「悪だから嫌うのでなければ、それは差別でしょう」ガハクの新しい認識だ。

今日は屋根のトタン板をぜんぶ剥がした。外灯も外した。明日から骨組みの解体に取り掛かる。

小さな雲は、トワンだ♪(K)



2021年2月17日水曜日

彼女がやっと笑った

トワンの彼女が、やっと笑った。ここが気に入ってくれたようだ。

目をくっきりさせた。上瞼の裏側をもっと彫り込んでやろう。きっと魅力的になるぞ。どう彫っても良くなるしかない。どん底を知ってしまったら、あとは好きにやるしかないんだ。

去年の今頃は毎晩一人で過ごしていたけれど、ガハクが日に日に回復するのを楽しみにして気を張って過ごしていた。病院というところはベッドごと引っ越す。回復して来ると、中央部からだんだん遠くの部屋に移って行くんだ。

ガハクが退院した3月には、私のアトリエも解体出来るだろう。ガハクはすっかり生まれ変わった。私もその後を追う。(K)



2021年2月16日火曜日

高級になったでしょ

 夜、画室のドアを開けたら、ちょうど手のまわりの水を描いているところだった。ぐいぐい底に吸い込まれるように泳いでいる。人の体は浮くものなのだから、沈むのには二乗倍の推進力が要るだろう。

今日の解体現場で、重いドアをいっしょに持ち上げた途端、「あ、背中にビビッと来た」とガハクが言うので、ちょっと焦ったが、何事もなくやり終えることが出来た。休憩を入れることにして、りんごの香りを嗅ぎながらゆっくり食べた。

丈夫な体を持ち、スピード感のある絵を描き、顔をまっすぐに行きたい方へ向かせ、好きなように生きることが出来れば、光はまわりに付いて来る。

「高級になったでしょ!」とガハクは絵筆を止めて言った。そして、「トレーニングやってなければ絶対ギックリ腰になってるね」と確信を持って言う。(K)





2021年2月15日月曜日

彫刻のアトリエ

 夕飯を食べ終わってすぐに 庭の工房に入ってトワンを彫った。解体作業に追われて、もう1週間以上彫刻をしていない。このまま放っておくと(心か頭か分からないが)無自覚なまま空虚になって行く気がして、今夜から石を彫ることにしたのだ。

アトリエが住まいと一体になっているのが理想。思い立った時に いじったり眺めたり触ったりできる。彫刻というのは、音も出るし、場所も要るし、周りの理解が大事なんだ。

前にも少しだけここで仕事をしたことがある。でも、あっちとこっちの2箇所で石を彫るのは、体力的に難しくて集中出来なかった。今は、もうここしかない。だからやるしかない。

さて、どんな音がするだろう?周りの家にうるさくないだろうか?

最初の一打で分かった。コチッと引き締まった音がした。吹き抜けの空間に吸い込まれて行く。いいノミの音だった。これなら大丈夫だ。ここが私の新しいアトリエだ。(K)



2021年2月14日日曜日

絵でしか出来ないこと

 「やっと絵らしいことが出来るようになった」と言う。山に起こる現象が画家の中に入って、一体どのくらいの月日が経てば絵の中に現れるのだろうか?

ガハクが初めて山登りをしたのは高校生の頃だ。南アルプスの前衛の山に一人で出かけて、下山途中で道に迷ってしまった。仕方なく一晩山中でビバーク。家の人はさぞ心配しただろうと思ったが、ガハクの父は「明日になれば帰って来るだろう」と、慌てずに待っていたらしい。

冒険は出かける人と、帰りを待つ人のチームワークで成り立っている。そうでなきゃ、ただの放浪だ。報告を待っている人がいるということが彼に勇気を与えている。愛されたことのない人が挫けやすいのは、そういうことだ。死んでもいいと思って出かけるのは、冒険とは違う。見て来たことを話してくれなきゃ♪(K)



2021年2月13日土曜日

光は春だ

 今朝のガハクの山散歩。

太陽が高くなって来た。木の芽が赤く色づくと春だ。空気が柔らかなレースのように揺れている。トワンが先を走って行くのが見えるようだ。楽しかったことが記憶なら、その記憶を背景にして浮き上がって来るのが愛。

でも、ほんとにトワンが来ると言う。しっかり根拠地を作っておこう。(K)



2021年2月12日金曜日

毎日精霊に会いに行く

 解体作業が始まってからもガハクは毎朝山に出かけている。精霊に会う為だそうだ。

小鳥たちの声が騒がしい梢の下を通りながら、
「きっと僕に警戒しているんだな」と思って過ぎた。突然ピタッと鳴き声が止んで辺りがシーンとなる。そのタイミングがおかしい、、、地形のせいかな?と、ガハクはもう一度同じ道を戻って試した。

「お〜い 君たち」
「何 言ってるんだい」
「ちょっと ちょっと」

小鳥たちが騒ぐのも、突然静かになるのも、ガハクとはぜんぜん関係なかったことが判明。精霊たちは何を考え何を想って生きているんだろう。

『ガジュマル』の木に夏の太陽が照りつけている。この梢の下にガハクの親友が描かれている。彼もまた、永遠の光の中でキャンバスに向かって立っているはずだ。(K)



2021年2月11日木曜日

フォークリフトとパレット

 珍しく夜中に目が覚めたガハク、高所での解体作業にあれこれ頭を巡らしていたらしい。なので今日は早速、フォークリフトの爪にぴったり合うパレットを作った。人が乗ってもグラグラしない、がっちりした足場になるものを。

出来上がったのがこれだ!早速試乗してもらった。グイーンと爪を最高位置までアップしたら、屋根が見下ろせるくらいまで上がった。周りにぐるりと手すりを付けた方がいいかな。にしろ、必ずセルフビレーして作業するようにしよう。

このフォークとパレット、(アトリエを移転した暁には)庭木の剪定にも役に立つはず♪(K)



2021年2月10日水曜日

雨の音

 ゆうべ描かれた雲から 今夜は雨を降らせていた。雨が表象するのは、真理だ。

森の葉っぱが一斉に鳴り出す。パパパパが、タタタタになって、ダダダダに変わり、ザーッと溶け合う頃には、もう何にも聞こえなくなる。一本一本の木を描き分けることが出来るようになったガハクは、雨の一粒一粒が落ちる線もきっと愉快に引いているに違いない。

毎朝ガハクが山に登って降りてくるまで、だいたい40分くらいだ。気に入った木には呼び名を付けている、ジロウとかタロウとか。魚を獲るために川に網を投げている人は、雨の音が近づいているのに気が付いている。でも知らんぷりして、まだ川から上がろうとはしない。今という瞬間を生きているのは、どっちだろう?雨を描く人か、魚を獲る人か。人は目的によって知られる。何で生きてるの?という問いが、何で死んじゃうの?という問いより重要になって来たガハクである。(K)





2021年2月9日火曜日

復活したよ!

ガハク今日は大活躍で、アトリエのトタン壁をべりべり剥がして回ってくれた。そして夜はいつものようにキャンバスに向かっている。しかも白の絵の具まで練ったそうだ。

「最初はぐったりしていたんだけど、やり始めたらだんだん元気が出て、復活したよ」と言う。空に白をぐいぐい塗っていた。間にグレーの雲が縦に流れて縞模様を作っている。

少し疲れているくらいの方がいいのかな。何も考えないで描いている時にいいものが出て来たりするもんねえ。不可能を実現させるのは他のもので、私たちはただ戸を叩き続けるしかないとシモーヌ・ヴェイユは書いているけれど、そこまで分かっているのに何であんなに早く死んじゃったんだろう?とガハクに話しかけた。

すると、「目の前のことから逃げれなかったんだね」という答えが返って来た。あゝ熱意か。外にあるパッションと内なるパッションがぶつかり合って立ち向かう。最後は体がすっかり消耗しちゃったんだろう。調子が悪いと早く寝ようとか、今日は休んだ方がいいかな、とか思えなかったんだね。

二人でやれば何とかなる、何でもできる。ガハクが生きて還って来てくれて、ほんとうに良かった。(K)



『猫を抱く人』

 遂に今日『猫を抱く人』を運び込んだ。ガハク40の頃で、抱かれているのは黒猫のジュニア、シッポが短くて体が大きな猫だった。こんな風にいつもガハクと一緒にいたんだ。猫の毛並みに手が溶け込む感じを彫りたかったのだけど、今ならもっと猫は柔らかく、手は優しく彫れるだろう。大理石の冷たさが消えるくらい温かく彫れるだろう。また彫り直していこう。ここでならずっとやれるだろう。どれもこれも好きなようにやり続けられる。

作戦会議の結果、明日はトワン像とガハクの胸像もここに移すことにした。机や道具も運び込んで、いよいよここがアトリエになる。向こうには解体作業だけに通うことになる。

千里の道43日目無事終了♪(K)



2021年2月7日日曜日

絵が生まれる瞬間

彼は命の湧き出る場所を見つけたようだ。一気に潜って行くぞ。真っ直ぐ 光の差す方へ。

ガハクは元気がいい。大きな大理石の立像を今日は二つも運んだのに、夜になって大きなキャンバスに向かっている。この白を何と見るかだ。凄烈な水、強烈な光、人を無にするエネルギーの照射。

ぼんやりとした曖昧さに包まれた若者には、輪郭がない。成熟しなかった年寄りは、醜悪だ。変わろうとしなければ変わりっこない。ずっとこのままで良いなんて人は、いるだろうか?

この人が丸裸で何も持っていないのに美しいのは、目的に叶った形をしているからだ。裏も表もないものは安心して見ていられる。眺めていると、スーッとする。そういうスフィアは自分では作れないものなんだ。(K)



2021年2月6日土曜日

アトリエ撤収作業

日差しが眩しい。こんなにパーッとドアを開け放して石を彫っていたこともあったのだけど、いつの間にか心が閉じてしまっていたんだなあ。寂しく厳しい時期が長かった。

でももうそんなこと全てとおさらばだ。自分で決められなかったことを向こうから決めてくれた。ガハクが完全に復活した今だからこそ出来ることだ。二人で建てた彫刻のアトリエをまた二人で解体している。

おにぎりを食べながら外を眺めていると、ストーブの煙が野原を横切って流れていく。ガハクは今日は家でパン焼き。さあ、板壁を剥がそう。丸鋸で切って、ストーブで燃やす。ごみ収集にも出す。

千里の道41日目も無事終了♪(K)


 

2021年2月5日金曜日

水底に向かって泳ぐ

 横長の絵だと思っていたら、底に向かってまっすぐ潜っていく男を描いたものだった。ガハク自身がそれを忘れていて、イーゼルを二つ繋ぎ合わせて、絵をそこに載せるまで気が付かなかったと言う。そのくらい長い間放って置かれていた。

「今だったら果敢に攻めて行けるような気がする」と、作り損なった横長のイーゼルにキャンバスを立てかけて眺めている。縦が180cmくらいあるから、壁に寄りかけて描けばいい。

昨夜観たタルコフスキーの映画『僕の村は戦場だった』のイントロに、少年が母親といっしょに井戸を覗き込んでいるシーンがある。暗く深い井戸の底には、昼間でも星が見えると聞かされる。少年は星を掴む為に暗い井戸に降りていくという幻想がそれに続く。

その意味はずっと最後まで隠されたままなのだけれど、今夜ガハクの絵の中の男が縦にまっすぐ、しかも深い水底に向かって泳いでいると知って、「あなたはずっと前からタルコフスキーと繋がっていたのね」と言ってしまった。(K)



2021年2月4日木曜日

『バードウォッチャー』

 ついに『バードウォッチャー』を運び入れることができた。

庭の工房はコンクリートの床だから、手順さえ間違わなければ安全だ。確実に吊り上げる方法も考案した。長梯子を2階の手すりに固定して、チェーンブロックで吊り上げたら、予想通りにバッチリ決まった。こういう知恵はその時になると浮かぶものだ。ガハクとのチームワークも今日は最高だった。

想えば一年前の今日、空に浮かぶ雲に向かって話しかけていたんだった。「トワン!パパはとてもゆっくりだけど、良くなっているってよ」と。今、こんな風にガハクに手伝ってもらえるなんて、夢のまた夢、感謝しかない。

『バードウォッチャー』はガハクがモデルだ。あの頃、胸に双眼鏡をぶら下げて、毎日山に入っていた。珍しい小鳥の姿を見つけては、家に帰って図鑑を開き、その名を特定する。

でも、ガハクが見つけたのは小鳥だけじゃない。白い人に遭遇したのもこの頃だ。(K)



2021年2月3日水曜日

人が去る時

闇が谷を覆い始めた。山の上だけが太陽に照らされている。あの家の主が亡くなったことを後で知ることになる少女は、道を急いでいる。辺りの様子がいつもと違うからだ。彼女はもう何か不吉なものを感じ取っていたんだ。

ガハクの絵が変わっていく。一本一本の樹木を丁寧に描き変えている。光と闇が騒ぎ立つ森。雲が怪しく揺れ動く。今何が起きているのか?何もない平和な時があるとすれば、せっせと夢中で働いている時だけだ。

画家が筆を取ってパレットの上の絵の具を拾ってキャンバスの上に置くと、さーっと霊気が変わる。今夜は少女がすっかり削り取られていた。描き直すことにしたそうだ。(K)



2021年2月2日火曜日

初発刀(しょはっとう)

 ちょうど一年前の今日、ガハクは息が苦しくなって夜明け前にトイレの前の廊下で立ち上がれなくなったのだった。あの緊迫した日から、ジリジリと回復して来た。奇跡のような日々を思い出しながら、今日を迎えた。

「どうも僕は別の僕になったようだ」と話し始めたガハク。「あの時僕は死んで、僕がいなくなっても続いている世界が別なところにあるんだ。生き返った僕はここで違う僕を生きている」と言う。そういう異次元で進行していく世界が他にもあることを生死を彷徨っている間に何処かで知覚したようだ。死というものはないというのがガハクの結論で、「死んだら死にきりと思っているのは、間違いだと思う」と言っている。

初めて、居合をしているところを動画に撮ってみた。この一年で鍛えた体と心は目に現れている。衒いがなく静かな視線だ。敵を睨みつけるのではなく、山を眺めているようなのが理想。(K)



2021年2月1日月曜日

火燃し

ウィリアム・ブレイクの詩『無垢の予兆』の中にどうしても分からない一節があった。情熱について語られているところだ。

To be in a passion you good may do,
But no good if a passion is in you.

これを何かの暗喩として解こうとするから分からなくなるのだ。ずっと分からないまま頭の隅に置いてあって、ときどき考えていたのだけれど、やっと分かった!

さっきガハクの画室を覗いたら、夕暮れの薄暗くなった森を描いていた。火の色が最近とても鮮やかになって来たので、「火を描くのが上手になったね」と言ったくらいだ。そして、気が付いた。火が心の中に燃え始めると自分では消しようがない。その根拠さえ掴めないままどんどん火勢は強くなるばかりだ。そういう自分の内側が燃え始めることの断末をブレイクは書いているのだ。つまり、そこには鬼がいるということだ。

タルコフスキーの『サクリファイス』の中の火事もそうだった。『鏡』の中に出てくる火事のシーンも内なる火だ。火燃しするのが好きな男に気をつけろ。(K)





2021年1月31日日曜日

コンプレッサーの運び出し

今日のミッションはコンプレッサーの運び出しだった。三相は休止しているのでコードのどこを切っても感電することは無いのだけれど、ガハクは壁の配電ボックスを開けて上手に外してくれた。

建物のどこから解体して行くか、やっと計画が立った。最後まで残すのが、このブレーカーの付いている壁だ。コンセントも二つ付いているから、ずっと電気工具が使える。そして、最後の最後にフォークリフトで引き倒し、手作業で木材を分解すればいいと分かった。

明日は、この大理石の彫刻『竹林』を運び出す予定だ。ガハクは気合が入っている。体がよく動く。力もある。2月2日の救急車に乗った日が近づいて来て、私もどこか張り詰めている。ほんとによくここまで来れた。(K)



2021年1月30日土曜日

白い空に満月

「川と同じように空も白くしようと思う」と、ガハクが予告していた。今夜はその通りになっていた。青かった空が白く塗り変えられている。もう一回塗るそうだから、もっと白く輝く空になるだろう。

あれは月だろうか?昼間に満月ということは、夜は新月ということか。川に網を投げている男をじっと見つめる月。

いつも何かに見られているということを意識せねばならない。誰も見ていないと思うと、人はきっと悪いことをする。自分のやったことは自分だけが知っているけど、自分の中に住む本当の自分には嘘はつけない。(K)



2021年1月29日金曜日

安息日の内意

朝、庭の工房に入ると目の前に『りすの女』が立っている。思ってもいなかった光景だ。これからここで仕事をするのだけれど、昔彫ったものに見つめられても、もう嫌じゃなくなった。いいところもある。

今日は一人でアトリエに出かけた。車に乗り込む前にガハクにハグした。勇気をもらう為だ。壁のコンパネを2本のバールを交互に差し込みながら引き剥がした。壁板も下から一枚ずつ外して、釘も抜いた。長くて綺麗な板は、新しいアトリエの内壁に使おう。

一方ガハクは、庭の工房で不要になった棚をインパクトドライバーで解体していたそうだ。注文しておいたマスクKN95も届いた。これから作業が進んで来たら、業者とコンタクトする機会が増えることを見越して準備したんだ。「街に買い出しに行く時もこれがいいよ」とガハクは慎重である。倒れたあの日からもうすぐ一年になるもんね、気合が入っている。(K)



2021年1月28日木曜日

泳ぐ人

 裸の男が泳いでいる。大きな絵だ。引っ張り出してあるところをみると、また描くつもりのようだ。今のガハクだったら、死の境界を超えた向こうまで続く海を描けるんじゃないかな。

誰かが死ぬと「どうして死んだの?」と皆が言うけれど、九死に一生を得て生還したガハクには「どうして生きてるのだろう?」という問いの方が大きいし、重要なのだそうだ。死んだら死にきりとは思えなくなったと言う。

生命の源泉を探るが如く光の水をかき分けて進むこの男に死は関係ないでしょ。(K)



2021年1月27日水曜日

『りすの女』運び出し

 大理石の『りすの女』をアトリエから外に出した。これをうちのライトバンの荷台にどうやって入れるか、ずっと考えて来たんだ。で、ついに今日ガハクに手伝ってもらって決行した。

ゆっくりと2本の帯で吊るし下ろしている。この後、これを1本に縛り直して、頭から荷台に差し込み、丸太のコロを数本背中に差し込み、コロコロコロと荷台の奥へと押し入れた。完璧だった。二人でやれば何とかなる。何でも出来るということがまた実証された。

庭まで車を入れて、台車に引きずり下ろす時も、コロコロコロと転がしながらゆっくり載せた。庭の工房に立つ『りすの女』を眺めながら、ガハクが「大理石の模様がこんなにあるとは気がつかなかったよ。いいねえ」と言う。

夕暮れにアトリエでトワンを彫っていたら、窓に月が現れた。ガハク出動第一日目無事終了。(K)



2021年1月26日火曜日

無垢が潜む曲

 光が強くなった。苔の色にさえ春を感じる。山の中はけっこう暖かいんだ。

ここはガハクの山散歩のちょうど真ん中辺りで、夏になれば湿地になってクレソンが自生する。サラダの緑に使えそうだ。わさび園にするには水量が足りない。それにカラカラに乾いてしまう年もあるし。向こうの方までスカスカ見渡せるのも春までだ。夏になったら、スカンポと葛とススキが森の隙間を埋め尽くす。人の存在なんてちっぽけだけど、毎日歩いていると溶け込んで、そんなことも考えなくなる。星を見上げて泣くこともなくなる。自分という奴に取り憑かれたらお終いだ。

昼間ガハクのギターに合わせて『白い自転車』をバイオリンで弾いた後、涙が溢れてしまった。この曲を作ったピアソラ自身は、(自分でも言っていたが)スポーツ好きで陽気な人らしい。そんな彼が音楽の中には、熱情や憂いや悲嘆を思いっきりぶち込んでいる。とても頭の中でだけ考えたものとは思えない。

ガハクが言うには、人の中の無意識の領域は広大で、知られないまま放って置かれているということだ。その領域を探索し続けている冒険家が、このような熱くて永遠で死なないものを作って見せてくれる。こんな辛く寂しい時代に孤独に耐えることが出来るのは、そういうメッセージを直に受け取った時だ。(K)



2021年1月25日月曜日

黒は光

いつも トントンと声でノックする。画室に入ったらすぐに、「マーエダさん 負けちゃたのかなあ」と言うので、何に?と聞き返したら、「悪にだよ」とガハクはそれまで考えていたことを一言で示してくれた。誰かに助けを求めることもせず、独りで死に向かうことが出来るものだろうか?昨日亡くなったという。

ガハクはずっと前田ただし氏のことを天才の特質を全てそなえた純粋な人だと言って来た。私はと言うと、彼の訳のわからない発言に触れる度に 疑ったり嫌いになったりしたが、その度にガハクは「複雑なのが天才の特徴なんだよ」と弁護していた。それは彼が亡くなった今も 変わらない。

今夜は久しぶりに『白い旗』に加筆していた。しかも黒ばかりをあちこちに塗っている。「もっと強い黒が欲しい。黒は光なんだよ。光になるくらい強い黒が欲しいんだ。白は闇にもなるからね」と透徹したことを言う。よほど戦友の死が辛いのだ。

石の上にトカゲがいて、ガハクの筆を狙っている。捉えようもないものを食べたがるメフィストのように。ダメだよ!(K)



2021年1月24日日曜日

いよいよ運び出し

明日からガハクに手伝ってもらって大理石の彫刻の運び出しをするので、被せてあったビニール袋を外して埃を払った。蜘蛛の巣や蓑虫が付いていた。もう随分長い間ここでじっと置かれたままだったものねえ。もっと温かくて優しい空間に引っ越しましょうねと、心の中で呟きながら、せっせと細々とした準備に勤しんだ。

うちのライトバンで、この『リスの女』を上手に運べるかが、最大のミッションだ。クルッと半回転させるのはフォークリフトの爪に帯を掛けるときに捻ればいいのは分かっている。その場でゆっくりと横倒しにする方がいいだろう。また立てるのは、新たな場所に移ってからだ。

この後だんだん小さな彫刻を作り始めたのは、個展でもやろうと思ったからだったか?苦しかった頃のテーマだ。子供達に守られて何とか彫り続けていた。子供達からの信頼と月謝で暮らしていたんだ。意識も鍛えられた。子供の言葉は直球だからね。ガハクといっしょに絵を教えることで他人の子らを育てた。あれがなかったら今の意識は持てなかっただろう。(K)



2021年1月23日土曜日

最後の試練

ガハクは「こんな綺麗な色が出せるとは思わなかったなあ」と、喜んでいる。描きながら感動すると言うことは、実際にあるんだ。

今日は、丸鋸で切った廃材を紐で束ねた。薪ストーブだけでは処理が間に合わないから、燃えるゴミにも出して行こうという計画。畑の柵やネットの固定に使っていた鉄の棒やアングルも、グラインダーで50cmにカットした。こっちは月一で回収される不燃ゴミに出す。トタン板も50cm角に金切り鋏で切り、四隅を折り曲げておいた。以前、ゴミ処分場に直に搬入した際に、手伝ってくれた係員のオジさんが腕を切っちゃって、申し訳なかった。だから今は、金属物の端っこはバリを落とすか、ガムテープを貼るようにしている。

ぴゅっと血が吹き出たオジさんの腕にマーキュロバンを貼ってあげたら、それまで乱暴な物言いをしていたのに、急に恥ずかしそうに照れていたのが新鮮だった。あの人の住んでいる世界、生きて来た世界を垣間見たように思った。タオルで止血したのをガハクが鮮明に覚えていた。あゝそうだったっけ。もう30年くらい前だ。

6という数字は試練を表す。とすれば、アトリエの土地を借りた36年間は試練に試練を掛け合わせたと言うことになるのね。日々刻々と荷物を運び出していると、一つ一つ重いものが無くなって消えていくのが分かる。軽やかさは、試練と労働の果てに与えられるもののようだ。(K)





2021年1月22日金曜日

白い人の谷にも陽だまり

ガハクが観た動画で、一緒に飼われている犬よりも 猫の方が先にボールを咥えて持って来たと!つまりその猫は、訓練中の犬よりも飼い主を信頼しているから、その意図を読み取っちゃって即反応したのだろう。賢さだったら犬の方が勝るだろうに、猫の情愛ゆえの集中力と遊び心だ。(犬は柴犬でまだ子犬)

今日も自転車に乗った。夕暮れの空に浮かぶ半月を見上げながら、「自転車に乗らなくなったらどうするの?」と聞かれたことを思い出した。ガハクの後ろからゆっくりと自転車の低いギアで漕ぎ登ろうかな。

だいぶ太陽が高くなった。(K)



2021年1月21日木曜日

やさしい胸

アトリエの片付けに追われて、今日も夕暮れの少しの時間しか彫れなかったけれど、トワンの柔らかな胸のうねりが出せた。

机の周りを片付けていたら、犬のデッサンが出て来た。2006年と書いてあるから、どうもトワンのようだけど、ただの犬にしか見えない絵でつまらなかった。トワンという形の中に愛が宿ったのは、もっとずっと後になってからなんだな。いや、トワンが死んでからかもしれない。

トワンを埋めたところにガハクが彫った唯一の石の彫刻が置いてある。デンドロビウムという洋蘭を安山岩で彫ってあって、ボソボソした石の植物なんだ。そのてっぺんにヤシの実のような頭がのぞいていて、つい撫でてしまう。ガハクもそうらしい。昨日は石に向かって、「トワン!ママが帰って来るよ」と言ったそうだ。

37年ぶりにガハクと同じ場所で仕事ができる。その日を楽しみにしながら、アトリエ解体に励んでいる。(K)





2021年1月20日水曜日

大寒の空

今朝雨戸を開けた時は辺り一面霜で真っ白だったけれど、冬至からひと月、すでに日差しは春の気配で昼前には融けて消えた。 

『緑のエヴァ』のグリーンは、強烈過ぎてそのままじゃ使えない新色の緑に、これまた単色ではキツ過ぎる赤を混ぜてあるのだと昨夜ガハクが話してくれた。緑と赤はケンカするから混ぜないようにと子供らには言って来たが、上手く使えるようになったら、柿の熟した色なんかは緑と朱色を混ぜると出せるということが分かって来る。何にも教えなくても、いろいろ混ぜたり試したりしているうちに自分で発見して、「おゝ先生できたよ!ほら、そっくりでしょ」と叫んでいたっけ。

アトリエの周りがだいぶ片付いて来たから、いよいよ建物の解体に踏み込める。来週からガハクが出動してくれることになった。今夜から1時間早く寝ることにした。作戦会議で決まったんだ。二人で考えるといい知恵が浮かぶ。

山のてっぺんに聳え立つ白くセクシーな木がエヴァで、その横で斜めにのけぞっているのがアダムだそうだ。(K)



2021年1月19日火曜日

緑のエヴァ

エヴァのイメージらしい。蝶が飛んでいたはずなのだけど、いつの間にか消されている。そのうちまた描かれるだろう。 彼女の視線がどこを向いているか、彼女の手が何に触れようとしているかを見ていけば、そこに生まれて来るのものの姿と位置が浮かび上がって来る。

芸術とは愛だ。愛ある人には、蝶や小鳥の方からやって来て、肩や手にとまってくれる。とまったものをじっと見つめて描いて行くのが画家なのだ。

スーパーボランティアと呼ばれて有名になった赤いタオルを頭に巻いたあの人の指先にトンボが留まった。あれを見た時、あゝこの人には天使が付いていると思ったのだった。(K)



2021年1月18日月曜日

箱ジャッキ

久しぶりに箱ジャッキを使った。隣家にやって来た庭師の軽トラ4台が、仕事を終えて帰ろうとして次々とバックで降り始めた時の出来事だ。たぶんもう疲れてたのだろう。シルバー派遣のお爺さん達だもの。皆私より年上に見えた。

この箱ジャッキは10t用でかなり重い。一人で運ぶのはお相撲さんかレスラーでないと無理だろう。アトリエから引きずり出したら、すぐに庭師が駆け寄って来て手伝ってくれた。最初は私とお爺さんと二人で、それから途中で交代して運んでもらったのだけど、あまりの重さに片方のお爺さんが転んでしまった。そのくらい重いのだ。

藝大にだって5トン用のしか置いてない。何で私がこんな大袈裟なものを持っているかと言うと、大学に出入りしていた御用商人に「もう箱ジャッキの作り手がいなくなるから、今のうちに買っておいた方がいいですよ。やっと店に10トン用が一つだけ入ったから今のうちに!」と唆されて慌てて買ったのだった。

箱の中にギアが幾つも噛み合って、少ない力で大重量のものを持ち上げる仕組みになっている。ハンドルを回すと、箱の頭に突き出ている角がジリジリ上がる。裏側の足元に出ている爪も同時にせり上がって行く。爪に石の端っこを噛ませて、ぐいぐい持ち上げては角材を差し込み、また持ち上げては横に角材を置くと、どんなに大きな石でもひっくり返せる。危険を回避する為の技術と目と慎重さがあれば、女の私にだって巨大な石も動かせるし、脱輪したトラックだって救出できるのだ。

お爺さん達を指示しながら、浮き上がったタイヤの下に角材を押し込んで、無事に脱出した時は拍手が湧いた。良かった良かったと笑って別れて、トタン板をゴミに出す為の作業に戻った。

しばらくしたら、「奥さん、奥さん!」と声がする。落ちた車の持ち主のお爺さんが、手に千円札2枚持って立っていた。どうしてもと言われて、ありがたくいただいた。まだ私は現役なんだな。アドレナリンが久しぶりにブワーッと出たもの♪(K)



霊気が変わった

王子の傍にいつもいる二人の守護神は、男と女のカップルのようだ。みんな大きな目をしている。「おいでください」と夢で呼ばれたあの夜から、ガハクはこの王子を 親友で画友だったS氏に重ねてイメージして来た。山で死んでからも、彼はずっと向こうの世界で生きていて、しかも王子になって帰って来た。

この世で純粋な美を希求することは不可能なんだろうか?独りでやるしかないのだろうかと覚悟した時に、一緒にやろうよと誘ってくれた王子は、続けて言った。「あなたは私たちのシュゾクです」と。

今ガハクは、善と美が一致することを確信している。それはきっと、超重症という魔界から救出された時に見たこと体験したことに起因する。もう懐疑的な霊達は、いなくなった。重く引き摺り下ろそうとする者らが、消えた。

軽やかに舞うミューズと小鳥たちが祝福している。(K)



2021年1月16日土曜日

煙突掃除

 今日は煙突掃除から始めた。廃材を処理しながら解体作業を進めているので、ストーブの燃焼力は大事なんだ。ところが、またもや煙が逆流。途中のどこかで詰まっている。

暖炉のように焚き口から排出口まで縦に真っ直ぐに伸びる構造なら、何の問題も発生しない。でも私のアトリエの煙突は3度も曲がる。そこに煤やタールが溜まるのだ。

筒を外して分解掃除してたら2時間近くかかったが、煙は紫色になった。ストーブにかけたヤカンのお湯もすぐに沸いた。

夕暮れにバンコ置き場と薪置き場を解体して、今日はここまで。自転車だから、明るいうちに帰らなきゃ♪(K)



2021年1月15日金曜日

精霊から逃げた

今朝ガハクは凍った山道でツルンと滑って転んだそうだ。そのこと自体は別に危ないこともなかったそうだけど、その時にそこに「精霊がいたんだよね」と言う。

山から滲み出て来た水が夜になると凍って、その上にまた水が流れては凍る。氷はだんだん厚くなって、道を白く覆う。そういう場所を見つけると突いてみたくなるのが、子供の意識。子供のやることには意味がある。理由はない。

コツコツと棒で突いてみたら割れたので、面白くなって少しずつ場所を変えながらあちこち突いていたんだそうだ。そしたら、ツルンって。

「精霊から慌てて逃げたよ」と言う。つい道草をしてしまったからだ。ガハクによれば、天使と精霊は違うのだそうだ。「トワンは天使だけど、精霊じゃない」という説明で十分納得し、理解できた。

今朝の出来事がさっそく絵の中に描かれている。白い霊気と赤い情愛が溶け合う森だ。(K)


 

2021年1月14日木曜日

鼻が匂いを嗅ぐとき

 トワンの鼻を彫っていて気が付いた。いい形になって来たなと思った時に、鼻がふっと浮き上がって見えたんだ。鼻だけが空間に浮遊している感じ。

スエデンボルグが面白いことを書いていた。耳は、音のするところに出かけて行くと言うのだ。トワンが耳を澄ましている時、間近にその実態を見ていたということになる。

 目もそうだ。見たものに感動した時、目はそのものに触れんばかりに近づいている。雲の間を飛べるようになったからこそ、ガハクは雲が描けるようになったのだ。

ウォーコップによれば、光というものは無いという。遠くにライオンを見つけたシマウマは、その距離からして今は危険はないと見て、安心している。(『ものの考え方』O・S・ウォーコップ)

ライオンを見ているだけか。今を生きるものたちの器官はいつも冷静で正常に働いている。(K)


 

2021年1月13日水曜日

挑んでこそ迎えられる

山の湧水は、すっかり凍っている。庭の蛇口からは久しぶりに水が出たけど、彫刻のアトリエの水はまだ出ない。ポリタン2本に水を汲んで車で出かけた。

今日からいよいよアトリエ本体の取り壊しに取り掛かった。まずは、軒下に積み上げてあるバンコ(石の下に当てがう木材)の選別から始めた。軽くて丈夫なのがいい。短いのから長いのまで、これから石を運び出すのに必要な本数だけを広場の隅にまとめてシートで包んだ。残りは全部薪にする。相当な量になった。

丸鋸を両手で抱え、足で木材の片方を押さえ、次々と切って行く。耳栓とイヤーウォーマーを嵌めれば快適だ。谷間に響き渡る丸鋸の音。煙突から立ち昇る煙が紫色になったら、薪を焼べに部屋に入る。

夕暮れの5時半に作業終了。薄い紅茶を入れて柚子ジャムサンドイッチを食べてから、トワンの唇を彫った。(K)


 

2021年1月12日火曜日

雲が描けるようになったのは

こんな雲も描けるようになったんだねと言ったら、「何かに見えるようなのが嫌だったから何とかそれを避けようとして描いてい来たんだけど、今は何かに見えても構わないと思って描いている。それが良かったんだな」とガハクは、雲が遊んでいる空を見上げながら話してくれた。

雲はいろんなことをする。涙をこらえて見上げていると、どんどん流れて拭い取ってくれる。苦しい時に見た空の方が記憶に残っている。

奇跡のような美しい空も見た。金色とオレンジ色に真っ二つにくっきりと分けられた空の異様な輝きに見入った。光を分けているのは、黒い雲だった。(K)



2021年1月11日月曜日

トワンが来るよ!

頭の形が良くなったから、トワンらしくなって来た。削り過ぎたところを補うのは、天頂の膨らみと、目だ。耳はこれ以上細くはできない。2匹の耳がくっ付いているからこそ、この細さを保っているのだ。でも、もう動かすことなんか考えなくても良いんだ。そっとうちまで運んだら、後はずっとそこにいればいいんだし。もう遠くに行く必要はない。旅は終わった。

 ずいぶん長い間つまらないことでクヨクヨしたり小さなことでケンカしたりして来たけれど、これからはどうでもいいことで体や心を消耗することは止めよう。「(今年は)トワンが来るよ!」というガハクの予言は、そういう意味だ。じっと見つめて来る目の中に 愛がある。(K)


 

2021年1月10日日曜日

ウハチさんの柱時計

ネジを巻いていないのに 昨日も今日も止まらずに動いている!不思議なこともあるもんだ。時計に向かって「ウハチさん!」と呼びかけた。この建物のことをいつも「工場(こうば)」と呼んでいたウハチさんに許可をもらった気がして、なんだか嬉しくなった。これからここを根拠地として仕事をする私への励ましのようにも感じた。

半分吹き抜けになっているのは、ワックスが舞うからだろうか?最初にここに入った時、壁や床に蝋がびっしり張り付いていて驚いた。早速ガハクとヘラでせっせと剥がして回ったのだった。今はすっかりワックスの痕跡も消えて、ボイラーも煙突も取り外したから、何も言わなきゃここが蝋燭工場だったなんて誰も気が付かないだろう。

この高さがあれば、300号の絵だって描けるだろう。ダビデくらいの彫像も作れるだろうけれど、出すのが大変だ。壁を壊さなきゃ外に出せないだろう。でも、もうそんなことはやらなくていいんだ。

今日は片付けは少しだけにして、三日振りにトワンを彫った。ガハクの胸に砥石もかけた。千里の道を歩くなら、日々の超自然のパンを忘れずに食さねば、歩き疲れて目的地に着いた途端に死んでしまう。今夜は四日振りにバイオリンを弾いた。ガハクがギターを弾いている。(K)


 

2021年1月9日土曜日

後ろの木

 この女の人の後ろの木がかっこよくなっている。いつの間に描いたの?と聞いたら、「どの木も描き変えているよ」と言う。そう思って絵の中の森に生えている木を一々眺めた。確かに、木がみんな違う。ガハクは毎日山の中を歩き回っているうちに、木の色や形だけじゃなく、内部にぎゅっと圧縮されている生命力の強弱まで透視している風だ。

知識が役に立たなくなる時が来て、新しい目が開かれる。そこまで辿り着いたようだ。(K)


 

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