2021年5月5日水曜日

生意気ざかり

 今まで見て来たガハクの自画像の中で、これは一番元気がいい。なんでもやれそうな顔をしている。体の中にエネルギーが詰まっている。こういう風に描けるようになったのは、熟したということなのか、削ぎ落とした結果なのか?実際に、今のガハクは、このようだ。ピンピン飛び跳ねている。

金魚を飼い始めたら、可愛くて仕方がない。私が家で石を彫るようになってからは、「僕らのこういう生活には犬はいた方がいいよ」とはっきり言い始めた。しかもガハクは密かに、あちこちの保護犬の団体を調査していたらしい。そして、ずっと私の決断を待っていたようだ。夕方になって、「登録しておいたよ」ですって♪

ついに犬を飼おうと思うまでに二人とも成長した。暗い闇から抜け出した。(K)



2021年5月4日火曜日

息がぴったり合う

 相手と息がぴったり合って初めて面白さが分かる。何をするにもコンビ次第だ。でもほんとうは、コンビがよけりゃ物事が上手く行かなくても楽しいのだ。アトリエの解体作業がそうだった。労働は過酷だし状況は惨めなはずなのに、毎日が楽しかった。

今夜初めて『Baila la Luna』が弾けた。前田さんのスピードとリズムに着いて行けた。一緒に弾いてもらうと分かることがいっぱいある。弾けるようになると面白さは倍増する。

白御影石と黒御影石のコンビネーションを手彫りで探索している。ゴールデンウィークでハイキングの人たちが家の前を通る。彼らの耳にも届いているはずの石を彫る音は、小鳥の声や電車の音と同じ。自然の一部になっている。

コツコツコツコツ彫っていたら、穴の向こうにひょいと白い犬が現れた。久しぶりに会って話をする喜びに浸っていると、横からガハクに向かってぴょんと飛び上がり前足をかけて見上げている。おゝトラに好かれているらしい。いいなあ♪(K)



2021年5月3日月曜日

存在の暗示

 これが飛行機雲なら、物体は西に向かって飛んで行き、雲はゆっくり風に流されているわけだけど、風向きどっちだろう?この季節でこの天気だから、上空はたぶん西寄りの風だ。

UFOとしか思えない飛行物体を写した映像が公開された。写しているパイロットの声がうわずっていた。

疑う前に話を聞こうとするのが、好奇心だ。そして、直感には行動が伴う。得た情報を弾くか取り込むか、瞬時に決まる。もしかしたら人は、見る前にどっちにするかすでに決めているのかもしれないな。飛ぶことができる人は、ずっとその瞬間のことを考え、準備している。(K)







2021年5月2日日曜日

金魚と話す

トワンが死んだ時に、ガハクのペットロスを心配してくれる人がいて、「金魚でも飼ったらどうかしら。私が買って来てあげる。飽きちゃったら川に放せばいいんだから」と言ってくれた。

金魚でトワンの代わりが務まるだろうか?と思っていたけれど、実際に飼ってみると、だんだん可愛くなって来る。ガハクは遂に金魚に話しかけるようになってしまった。

「元気になったねえ。ほら、ご飯だよ」とか、いろんなことをバケツを覗き込みながら喋っている。面白いことに、金魚の方も反応する。ガハクにビスケットを渡したら、金魚を眺めながらかぶりついた途端、金魚がパーッと水面に上がって来て、「僕も僕も!私も私も!」と集まって来た。ガハクは小鳥だけではなく、金魚とも話ができるようだ。

この子、金魚みたいに見えて来た。(K)



2021年4月30日金曜日

後ろ姿

 後ろから見ている人がいるなんてことを全く意識しないで、一所懸命チェーンを繋いでいる人がいる。

三日前に、山の中腹のススキが原まで登ったところで、プツンとチェーンが切れたのだそうだ。カラカラ空回りするペダルに足を乗っけて山を降りて来たガハク、今日やっと直す気になってチェーンの両方の端を引っ張って、ピンを押し込んでいる。

彫刻の裏側が面白い。無意識が出る不思議な場所だ。(K)



2021年4月29日木曜日

薄紫のバッハの木

 雨戸を開けたら、家の前の斜面に聳え立つバッハの木(うちではそう呼んでいる)に、藤の花がいっぱい咲いていた。いつの間に絡んだのだろう。今朝初めて気が付いた。

この頃は初めてのことばかりだ。

今朝ガハクが、「今そこにトワンがいたよ」と言う。窓辺におすわりをして外を眺めていたそうだ。テラスには金魚が泳いでいるバケツが置いてある。そんな景色といっしょに何の不思議もなく見えたのだそうだ。今年はトワンがやって来ると言っていたガハクだから、そんな幻影も見るのだろう。

見ているものは幻で、愛しているものだけが存在する。愛するものが無ければ、何も見えていないに等しいということになる。退屈であるか、眠たくなるか、死にたくなるのはそんな時。

満月の夜からバイオリンを弾き始めた。ガハクもギターを取り出し、コードの研究を始めた。速いステップで軽やかに月明かりの下で合奏できるように、毎晩練習して行こう。次の満月に間に合うように♪(K)







2021年4月28日水曜日

ここなら彫れる

この庭で朝から彫った。午後も彫った。夕方にも彫った。採石工場のベルトコンベアーの音が響く谷間の村は、彫刻家にやさしい。すぐ横を走る西武秩父線の電車のゴーッと過ぎる音も、親しみを感じた。線路の向こうを行き来する地元土建屋の資材を積んだトラックも、応援団のように思える。要するに、静か過ぎるのも困るんだな。いろんな音がしているところの方が、元気よくやれるということが分かった。

芸術という仕事は、手や体を動かすことに直結している。感覚だけじゃ根を持たない浮き草だ。触って確かめながら進んでいる。天界は場所ではない。お花畑でもない。安心して彫れる場所なら、そこが私にとっては天界だ。(K)



2021年4月27日火曜日

存在の在処

 今夜のガハクは、青い服を赤く塗り替えていた。気に入らない色はどんどん変えるのだそうな。
「マチスは色彩の画家と言われるけれど、形の画家だよね。色は形だもの。形は色だ」とトワンの輪郭を取りながら話してくれた。

「先生には子供がいないと言われるけれど、この子は恭子ちゃんなんだよ」と言う。幼い頃に会ってみたかったなあという想いが、こういう女の子を描かせるのだ。

『存在』とは何か?

「死の向こうにあるのかねえ。『私が死ななければあなた達の元に来れない』と言われているものねえ。月天士になって還って来るのかねえ」と、話は核心部に向かった。

今夜は満月で、エクアドルの音楽家の前田整(まえだただし)氏の49歳の誕生日だ。彼は月になって還って来た。死の向こう側に3ヶ月かかって遂に到達したようだ。(K)



空飛ぶ絨毯

 絨毯の模様が浮き出て来たぞ。消しては描き、また消されて、今度はどんな模様になるのだろう。

ガハクには子供がいないのに子供が描かれているのを不思議に思う人がいたけれど、絵というものがどこからどうやって生まれるのか知らないからそんなことを言うのだ。絵は、謂わば空飛ぶ絨毯。何だって描けるのが画家なのだ。

昔、大江健三郎の小説を夢中になって読んでいた頃のこと、友人の中に「彼のは私小説だからつまらない」と言う人がいた。事実と真実がごちゃ混ぜになっているとそういうことが起こる。面白い話が始まったら、最後まで聞いてみることだ。時が成熟してくれるのを待つことだ。真理はずっと後で現れる。

家族が集まる正月にはなかなか画室に籠もれないと愚痴をこぼすずっと年上の画家を思い出した。子供が遊んでいるのを楽しいと思えたら、もう空飛ぶ絨毯に乗り込んでいる。(K)



2021年4月25日日曜日

日曜日の庭

朝の7時半にピンポンが鳴った。門の前に製材所の社長のダットラが停まっている。仕事前にパンを受け取りに来てくれたのだ。爽やかな笑みをマスクが半分隠している。首にタオルが巻かれて、気合が入っていた。いつもの時間にいつものように日曜日も動いている人だ。 

10時になった。日曜日も音を立てていいだろうか?石を彫っても大丈夫かしら?などと思いながら庭をぶらぶらしていると、塀の向こうから「何悩んでんの?」って話しかけられた。歯ブラシをくわえていて口の中が泡だらけ。ううんと首を捻って応じていたら、「なんだよ、今頃歯を磨いてるんかい。もうお昼だぜ。すぐに昼飯の時間になるよ」と笑われた。

いい風が吹き始めたのか、午後になってやっと気合が入った。石の接合面を計測して穴の位置を決めた。ガハクに垂線を見てもらいながら、慎重にハンマードリルで穴を開た。ステンレス棒を2箇所に差し込み、フォークリフトでゆっくり吊り下す。

ぴったり接合した。しっかりと安定している。高さ155cm、私の背の高さにした。ここまでは準備、これからが彫刻だ。シルエットを整えながら、風の抜ける穴を広げてゆく。(K)



真のプロレタリアアート

 山に金魚の水を汲みに行くのが日課になった。空の18ℓポリタンとホースを一輪車に載せて踏切を渡り、山裾にある蛇口に繋いで満タンにしたら戻って来る。5分もかからない超イージーな労働だ。

灯油用のポンプを使うと、水底の金魚のフンもいっしょに排水できる。⅓くらい捨てて、今汲んで来たばかりの水を注ぐ。水温は同じくらいだし、山から湧き出た自然水だ。スイスイ泳ぎまわって、流れ込む水を体に絡ませて喜んでいる。労働の対価は、金魚の姿と揺れる水面。

ガハクの絵がグイグイ渦を巻き始めた。激しい色の動きに驚いて眺めていたら、
「どうだい!プロレタリアアート」と言う。夜の部を終えて、スクワットをしている最中だった。(K)



2021年4月23日金曜日

仮セッティング

 黒御影石のキン、、キン、、、と鳴る音がこの庭に初めて響いた。この音はずいぶん遠くまで届くらしい。自分の出した音は、誰かの耳に届いて、また自分に戻って来る。

「あゝやっぱりあなたでしたか。」と、船越先生に言われたことがある。ノミ音は一人一人違うんだ。誰が聞いているか分からない。

庭の隅で私の自転車のシフトレバーとケーブルを調整してくれていたガハクが、
「黒御影石の音はやっぱりいいねえ」と喜んでくれた。

横に突き出て飛び出していた長いシッポをハンマードリルで割って切り落とし、半月形に彫り直した。大まかな形が出来たところで仮セッティングをしてみたら、ピッタリ合った。

ぴたっぴたっと決まって行く。この必然を説明しても、誰にも分からないだろうな。(K)



2021年4月22日木曜日

緑の光線

『ぞうけい』で使うでっかいチューブの絵の具の中で、緑色がいちばん減りが早かった。子供らに、山や野原をテーマにして描かせることが多かったからだろう。使う頻度もぜんぜん違う。山から街へ出かけて行って、都会の教室で教えていた頃でもそうだった。

その次に減りが早いのが水色だ。子供らのクレパスの箱を見ると、やっぱり水色が短い。彼らは空と海が好きなんだ。ゴシゴシ塗るから、すぐに減る。

あと、肌色のクレパスの減りが早い。(この頃はこの呼び方は人種差別に繋がるとして、使わないようになったそうな。子供らに教えられた。うすだいだいとか言っていたなあ)母の日、父の日、運動会の絵を描く度に、人間の顔をゴシゴシ塗らねばならない。

圧倒的な緑に包まれて生きている。光は緑を通して見ることになる。この風景を何色で描く?(K)



2021年4月21日水曜日

やりたかったことのリベンジ

ずいぶん前にやろうとしてやれなかったことを 今この絵の中でやるのだそうな。大きな顔が、デーンと真ん中に据えられている。絵の中から、こちらを見ている。画面の中に収まって大人しくしているつもりはない様子だ。目を見れば分かる。臆することなく物言わぬその口元には、笑みさえ浮かんでいるじゃないか。

こういう試みを、以前ガハクは木版画でやろうとしたんだ。その時思わず私が、「ソビエトのプロレタリアアートみたい」と言ったのだった。労働者のような明るい大きな顔がくっきり二つ並んでいて、しかも木版画の単色刷りだったし、まるで啓蒙ポスターのようだった。そんな私の言葉がグサッと刺さったのか、面白いと思ったのか、どっちとも取れる苦笑いをしたガハクは、続きをやらずに終わりにしたのを思い出す。

今夜は、あの時のリベンジなのだそうな。強い意思がなければ、決して行き着かないところに踏み出す準備が出来たということだ。その証拠に、今日は2度もガハクは山に出かけた。朝は歩いて、夕方はMTBに跨って。すごい体力だ。ハアハアしても、死にはしないことは知っている。死ぬっていうのは、全然違う。生きるってことの反対にあるものでもない。変わろうとしなけりゃ止まってしまうものなんだ。(K)



2021年4月20日火曜日

懐かしい音

3時の休憩にキッチンでひとりミルクティーを飲んでいたら、
「懐かしい音だったなあ」と言いながら、ガハクが2階から降りて来た。

若い頃からずっと聴いて来た石を彫る音は、私が出している音ではあるけれど、ガハクもその音の中で絵を描いて来たのだった。
「僕らはこういうことをして生きて行くんだと思っていたんだよね。そういうことを思い出したよ」と言う。

これ、ずっと彫り直したかったんだ。もっと良い形にしてあげるからね♪(K)





2021年4月19日月曜日

中庭の太陽

今朝ガハクは、チェーンソーの目立てから始めた。隣との境界に生えているヒバを伐る為だ。二人ともヘルメットを被った。おが屑が飛ばないように、地境に竿を立て、シートも張った。

うちのチェーンソーは電動でパワーがないのだけれど、今日は切れ味が違っていた。大きな幹が短時間で切り落とせた。目隠しのように中庭を覆っていた常緑樹が無くなると、驚くほど空間が変わる。今まで隠れていた木が、突然前に出て来る。オオヤマレンゲの葉が、明るく輝く。

日差しがいっぱいで眩しかった。(K)







2021年4月17日土曜日

新しい物語

ガハクが、「描き直そうと思って引っ張り出してはみたものの、どうしようかなあと迷っている」と言う。

これを描いた頃の想念まで降りて行くか、それとも、今の意識まで引っ張り上げるか。どっちにしろすぐには手を付けられそうもない。しばらく眺めていることになるのかな?

白い足がずいぶん生々しいから、あそこから入って行けばぐっと変わりそうだ。わずかな湿り気と明るい星空、辺りに漂う霊気は、見たことがある人でなければ描けないだろう。

でも、描き始めると見えて来るというのが本当だろう。きっとすぐに描き始めるよ。そしたら、また新しい物語が始まる。(K)



2021年4月16日金曜日

40年ぶりに彫り直す

40年前に彫った御影石の彫刻を彫り直すことにした。

3年前に突如倒れていたのを発見した時は、ずいぶん動揺した。誰が倒したのか、何があったのかすぐには理解できなかった。後で分かったのは、周りに密生していたリュウノヒゲという柴草が枯れて、地面に空洞が出来たから傾いてしまったのだった。

あの巨大な地震でも倒れなかったのに、草が枯れただけで簡単に倒れてしまうのにも驚いたけれど、除草剤をしつこく散布している隣人にも腹が立った。あの人のことをずっと怪しいと思ってもいた。

でも今は違う。この彫刻は重心がずれていて不安定なのだ。美術館の床ならまだしも、地面の上に設置していてはダメだったのだ。形も悪い。いつか彫り直そうと思っていた。でも、体力も時間もなかったんだ。

それが、解体作業で鍛えられ、気持ちもすっかり明るくなり、やる気が自然と湧いて来た。製材所のバイトも効果があった。まだやれるという自信が出たのだ。

「何が何の役に立っているのか最後まで分からないものだねえ」と運命の不思議について夕飯を食べながらガハクと話した。(K)




2021年4月14日水曜日

製材所のアルバイト

アトリエの引っ越しを一気に加速させ、助けてくれた製材所のフォークリフトが、これだ。普段は大きな丸太をこうやって機械の上に載せる仕事をしている。

太い丸太が台車の上に固定され、レールの上をゆっくり動いて行く。耳栓をしていても、帯鋸の鋭い騒音は頭の中に鳴り響く。お互いの声は聞こえないので、すべての指示はジェスチャーだ。モタモタしていると、耳元まで社長がやって来て大きな声で指導される。

「ちゃんと相手を見て二人で持たないと!」から始まり、「しっかり寸法通りに積み上げるように」になり、ついに今日は運び方のコツを教えてくれた。一挙に作業がスムースに進行。目標の12の山を積み上げて、今回のミッションは無事終了した。

よく冷えたリポビタンDが出て来たが、すーっと喉に入って、どこかへ消えた。ぜんぜん飲んだ気がしないほど、すっかり疲れちゃったんだ。

労働はアザとなって残る。ガハクは両腕に、私は太ももに何箇所もアザが出来ていた。知らないうちに、精一杯力を入れて材木を運んでたんだなあ。でも、疲れが癒えるとアザもやがて消える。今日は、よく働いた。(K)



2021年4月13日火曜日

やっと彫り始めた

毎朝、トワンのように庭を歩き回っている。だんだん賑やかで生き生きとした空間になりつつある。ここが、『ぞうけいのにわ』だ。20年前にホームページを作った時にサイト名にしたのだったが、遂に現実になった。春の花が、木に咲く花が、ピンクの花々が、生きよ生きよと歌っている。

今日は製材所のアルバイトに出かけたので、石は彫れなかったけれど、体力作りだと思えば何てことはない。労働の辛さは、日常の寂しさよりもずっと健全だ。孤独の意味を理解し引き受ければ、もっと逞しくなれる。

トワンは彫れば彫るほど笑う。この新しいアトリエに来てから、ずっと笑っている。(K)



2021年4月12日月曜日

エデンの門柱

ガハクは何となく上を見上げ、 シャッターを押したのだそうな。

その8時間後、私もまた同じ場所で鉄の柱を見上げたのだった。久しぶりだなあ、、、何年ぶりだろう、、、と思いながら。

自転車を押しながら門の脇をすり抜けて、エデンに入った。木々は大きくなっていた。小道を両脇から覆っている。ペダルは漕がずに、ほとんど押して登った。

トワンとよく走ったススキヶ原だけは乗車した。ここは、唯一私がウィーリー(前輪を持ち上げて後輪だけで走る技)ができた場所なんだ。柔らかな草が生えてクッションがあって転んでも痛くない。

どんどん押して登った。もっと行きたかったけれど、暗くなって来たので引き返した。行こうと思う日、登ってみようと思える日は、突然来るんだなあ。今日は、体力と意識がぴったり一致してたんだ。(K)






2021年4月11日日曜日

引っ張り上げてくれる絵

 画室を覗いたら、緑のエヴァをすっかり塗り変えている最中だった。振り向くと、この絵があって、輝いて見えた。そして、他の絵を引き上げようとしているのも分かった。新しい場所に連れて行ってくれる絵だ。

トワンもこんな風に彫りたいなあと呟いたら、
「そう思っている時には、必ずできるよ」とガハクが言う。

「裃付けているような絵なんか、薄っぺらでダメなんだ」と、きっぱり。(K)



2021年4月10日土曜日

太陽の照射

 ヘルメットを被ったから、あゝ今日は自転車で山へ向かうのだなと思った。だからカメラを持って急いで2階に上がって、ベランダから山道を登って行く姿を眺めた。その後の風景は、ガハクしか知らない。

どうだった?と聞けば、「春の真っ只中だったよ。こんなに明るいものかと思ったよ」と言う。昨日も歩いて登っているのに、今日は太陽の照射が激しかったようだ。

受け手に応じて照らされるのだろうか?太陽は貧しい者にも富んだ者にも同じように降り注ぐというけれど。ガハクには特別に強い光が当たっている。

ガハクが山に出かけている間に、歯医者さんへ歯のお掃除に行き、そのついでに街のスーパーに買い出しに行った。魚売り場で値引き品を眺めていたら、ケイタイが鳴った。製材所の社長からで、アルバイトの要請だった。ガハクと二人して来て欲しいとのこと。急に購買意欲が湧いて、次々とカゴに入れたら満杯になった♪力を付けなきゃならないので。(K)



2021年4月9日金曜日

トワンの山に春が来た

新芽が綻び、トワンの山にも春が来た。

久しぶりにガハクが自転車で山に入った。何年も眠ったままだったガハク号が復活したのだ。『白い人の谷』からブレーキ音が聞こえて来た。まだ調整をしていないからディスクが鳴るのだ。後ろは9段ギアで8枚目で登れたそうだから、さすがだキャリアが違う。私は9枚目を使ってやっと登っている。そのくらい山の入り口から傾斜がキツい。

もう乗ることもないだろうと言っていたのに、部品を取り寄せて組み立てて、一度はオイル漏れで自信を失くしそうになったけれど再度チャレンジして直した。

もう150号なんてとても描けないだろうと言っていたのに、退院して一月して最初に向かったのがその150号だった。春はすごいね♪(K)



2021年4月8日木曜日

フォークリフトのタイヤを新調

 コマツフォークが手配してくれたタイヤショップの作業車が、12時過ぎに到着。

心配していた固定ボルトは難なく外れたが、ホイールがなかなか外れない。潤滑油を両側からスプレーして、大ハンマーでガンガン叩いていた。そして、やっと外れた時にはホッとした。さすがプロフェッショナルだ。

途中で携帯がかかって来て誰かと話していた。後でガハクに聞けば、「まだ若いのに誰かにアドバイスしていたよ」と、別の現場にいる人に打開策を与えていたらしい。うちのフォークのようなポンコツでも、こうやって何とか再生してくれる。ありがたいことだ。

ハンマーを振る度に揺れる前髪がツヤツヤで、つい目が行く。ガハクもそうだったようだ。「話していて、こっちが恥ずかしくなったよ」と、うちの庭にも春が来た♪(K)



トワンの背に乗って

 トワンの背中に乗ってどこまでも駆けて行くんだ。悪意からどんどん遠ざかって、もうここまで来れば大丈夫かしら?
「下を見ちゃダメ。後ろを振り向いちゃダメだよ。僕の方を見て!」

今朝消防車のサイレンで目が覚めた。何処だろうと耳を澄ましていたが、だんだん山の方へと遠ざかり、やがて聴こえなくなった。ツイッターを見たら、すぐに情報が取れた。防災飯能のアカウントが詳細を伝えている。アトリエがあった場所の近くだ。番地まで教えてくれている。検索したら、Googleの画像まで出て来て、よく知っている家だった。1時間半ほどして、鎮火したとのツイートが再び投稿された。

川沿いの細い道を塞ぐようにして並んでいる赤いポンプ車が、目に見えるようだった。何もないことの平安を知らずにいると、退廃する。躓きの棒っきれが置かれたら、ひらりと乗っ越す跳躍力を鍛えておこう。

金魚の池に山の湧水を入れてやった。11匹の金魚たちが喜んで流し込む水の方に近寄って来る。18ℓポリタンで2回運んだ。一輪車でスイスイと。踏切を渡ったところに蛇口があるんだ。ちょっと面白い日課だ。

馬が前を見ている。もう振り向かない。(K)



2021年4月6日火曜日

大理石で彫った『山』

最初に大理石で彫ったのが、山だった。アトリエの正面に聳え立つ山を毎日スケッチした。木炭デッサンもした。水彩絵具で色も付けた。坐骨神経痛で足が萎えて動けなくなった30代前半の頃だ。石は彫れなくても、絵なら椅子に座って描けたんだ。だんだん回復して来た時、それまでの御影石に比べて体力的に楽そうに思えた大理石でその『山』を彫り始めた。それが私の大理石彫刻の始まり。

トンネルだって彫ってある。山の斜面を横切る線路は、独りで過ごす寂しさを紛らわしてくれた。ときどき孫を連れてやって来る近所のお爺さんは、子供と一緒に電車に向かって手を振っていた。通り過ぎる車内の人たちが手を振り返すこともある。ほんの30年前は、皆電車を見ると手を振ったんだ。今はもう、誰も、そんなことはしない。

床に一つだけ残った彫刻は『広い道、狭い道』だ。また続きを彫ろう。(K)



2021年4月5日月曜日

どんどん変化する顔

 顔がまた変わった。この目には、この人の気性の強さと高さが現れている。ガハクも「今までで一番いい顔になった」と言う。

バージニア・ウルフは自分の仕事部屋を持つことに固執した。女の人が、誰にも邪魔されない時間と空間を持つことがあの時代に如何に困難だったか。彼女も自分には春がふさわしいと思っていたと知って、なんだか嬉しくなった。生まれ変わろうとする人を草木も風も後押ししてくれる。

「人はなんで生きているんだろう?」という問いに答えてくれるのが春だ。(K)



2021年4月4日日曜日

一同に並ぶ

こうやってだんだん棚に置いていくと、部屋の中がずいぶんスッキリとして来る。それに、こんな風にこれまで作ったものを一度にぜんぶ眺めるのは、初めてじゃないかな。

どれもこれもぜんぶ彫り直したいと思っていたのだけれど、少し気持ちが変わって来た。良いものもある。あの頃じゃないと彫れなかっただろうと思える形もある。

大理石の比重は2.8で重い。がっちりとした頑丈な棚でないと重さに耐えられないのだ。途中に突っかい棒の幅木も入れた。レリーフが振動で倒れないようにと、留め具も工夫して取り付けた。

明日も棚を作る。南側の窓辺に取り付けよう。カウンターのように長い棚を。(K)



2021年4月3日土曜日

68になった♪

 今朝はまずパン練りから始めた。それからスポンジケーキも焼いた。生クリームでガハクが描いてくれたのは、love、kyoko、トワンらしき犬の顔、ガハクと私の顔だった。細かいところはぐちゃぐちゃで分からないけど、そう思って眺めていると、だんだん人に見えて来るから面白い。

こういうイベント的なことを始めると、途中で疲れてイラついたりしたものだった。でも今日はずっと平和だ。すべてがここで始まりここで夕暮れになる。

やっと彫刻室の棚を作り始めた。空間がとらえられ、物の配置が見えて来て、使い方が決まるまでには、けっこう時間がかかるものなんだね。(K)



金魚におはよう♪

昨日大阪から届いた金魚に「おはよう」と声をかけた。やっぱりここは寒いのかな?水温も低いのだろう。すぐには上がって来なかった。

1匹だけ黒い金魚がいて、これがなかなか見つけられない。で、しばし水中を見つめることになる。こういうことが起こるから、異種がいるのは面白い。

よく数えてみたら、1匹多かった。輸送中に死んじゃうことがあるので、補償に1匹加えてくれたのだろう。皆元気に朝を迎えた。(K)





2021年4月2日金曜日

善い魔女

 あゝこの女はマリアだ。

今夜分かった!『サクリファイス』に出て来た、あの不思議に寡黙な人だ。華美の対局にある倹しさの美を湛えていた女性だ。燃える家と湖を挟んだ対岸の、古い教会跡に住んでいた。彼女のことを"善い魔女"と密かに呼んでいた郵便配達夫が、主人公のアンドレイに、絶体絶命のこの不幸を回避するための唯一の方法を囁くのだった。

なんでもない人のなんにもない状況が無垢ならば、飢えと乾きを訴え続けるのが欲望だろう。ふたつを並べられたら、どっちを選ぶ?

差し出された瞬間手を伸ばす人がいるけど、最後に余ったものを受け取るしかない人もいる。どっちが良いのか、幸せなのかは最後まで分からない。善い魔女でさえ、そんな瞬間があったなんて、全く知らないようだった。(K)



2021年4月1日木曜日

ブリキの潜水艦

 この少年は手に潜水艦を持っている。これはガハク自身じゃないのか?お父さんが買ってくれたブリキ製の潜水艦のオモチャの話は、何度も聞いている。お風呂に入る時にいつも遊んでいたそうだ。沈めたり、浮かべたり、ネジを回すと水をかき分けて進んだそうだ。ずいぶんよく出来ていた素敵なものだったらしい。

テーマは『Mの家族』と言いながら、自分の思い出や周辺の人々の記憶が挿入されている。そう思って見ると、少女もガハクのお姉さんに似ている。

背景の布の模様の美しさが、絵の中に立つ人々を際立たせる。亡くなった人たち、彼らから送られて来る通信を受け取り解読が出来る人たちがいる。

「僕のことを忘れずにいて欲しい」と言って死んでいった人の悔しさや寂しさを癒す力が美にはあるんだ。(K)



2021年3月30日火曜日

桜の下で我生きん

ここは夕暮れには、誰もいなくなる。車も通らない。思いっきりスピードを出して、桜の下を駆け抜けること3回。それから山に入った。オフロードのガタガタ道だ。一番低いギアで、ジグザクジグザグ、、、くねくねくねくね、、、

昨日よりキツかった。スピードはゆっくりなのに、運動量が凄い。10mも登らないうちにハアハアして来る。脚もわずかに痺れてガクガクする。でも、これがいいんだな。筋肉に効いているのが分かるもん。

白い人の谷が分岐する辺りで自転車から降りて息を整え、ゆっくり下った。もう一度桜の下をくぐって湧水のところまで行った。竹筒に顔を近づけ、フルフェイスの口元を少しずらして、一口飲んだ。冷たく澄んだ水が足先まで潤す。これがこれからの私の日課になる♪(K)



2021年3月29日月曜日

花に笑う

 今夜は、緑の女に蛇が絡み付いていて驚いた。「嫌い?でも、エヴァだからね」と言われた。

腕に巻きつかれているのに そんなに怖がっている様子もない。オレンジ色の細い体が、おしゃれなアクセサリーのようにも見える。

蛇は女の踵を噛み、女は蛇の頭を砕く、、、踏むんだっけ?
二者の間に敵意を置くと神は言われたそうな。創世記のダイナミックに展開する件だ。蛇は狡猾の象徴、あるいは誤謬の表象にも使われる。

トワンと山を歩いていたら、山道に転がっている小枝が何かの弾みでぴょんと跳ねた。咄嗟にすごい勢いで横飛びして警戒していたっけ。犬と蛇の間にも敵意があるのかと思ったものだ。

蛇がいることがこの絵を生き生きとさせている。何が何の役に立っているのか、ずずーっと身を引いて考えてみよう、自分を勘定に入れずに。ガハクの絵には、けっこう蛇が出て来るんだ。(K)



美の継承者たち

 「そりゃあ綺麗な人だったよ。冷たい人ではあったけれど、確かに綺麗だった」と言われていた女性を古いアルバムの中から発見したガハクが、その人のことを描くようになったのはいつの頃からだったろう?今夜は、その人が銅版の中で美しく輝いているように見えた。

私が実際に知っているのは、彼女の膝に座っている赤子の方だけだ。大人になったその人からは、奇妙な個性が漂っていた。それに、ぜんぜん冷たくはなかった。私の母の弟だ。

二人は同じ家系の人と結婚した。と言うのは、婚期が遅れている弟のことを心配して、自分の夫の姪を世話したのだからそうなる。でも不幸は同じ形を取った。このふたりは、夫婦より姉弟の繋がりが強かったのだ。神社で結婚式をあげた時、神前で読み上げる誓いの文中で妻の名を呼ぶべきところを、姉の名を読み上げてしまったという伝説が残るくらいに彼は姉のことを慕い続けた。

美しいものが生み出すものについて考えている。美を理解する知性を磨かなければ何も生まれない。ついでに言えば、二人は容姿は受け継がなかった。(K)



2021年3月27日土曜日

夜の版画室

 庭にいたら、いい匂いが漂って来た。うちは土曜日にパンを焼く。

ガハクに石を動かすのを手伝ってもらっていると、タイマーがピピピピと鳴った。オーブンの中のパン型をくるりと半回転させる為にしばし中断。そうしてやると、焼き色が均一になる。

パンはでっかくて、こんがり狐色のが楽しい。なので、今日は大きめパン型を新たに注文した。スチール製が一番使い易いようだ。まず、使う前にから焼きをする。それと、決して洗ってはいけない。毎回ただ拭いておくだけ。そうすると、スルッとパンが抜ける。

今夜は丸い朧月が出ている。明日は遅くなって雨という予報だ。ガハクの版画室に乾燥棚が加わった。(K)



2021年3月26日金曜日

アマリリスが咲いた日

夜になってアマリリスが咲いているのに気が付いた。 部屋の中に入れて眺めている。三位一体とはアマリリスのことか、一本の茎から仲良く出ている。

この鉢をくれた人は、ガハクの親友の母上だ。もう亡くなって久しい。なかなか増やせないのがアマリリス。やっと二つ目の球根が大きくなって来た。

製材所でガハクと材木を抱えてあっちこっちせっせと運んで歩き回っている間に、暖かい太陽の光を浴びてゆっくり開いていたのかと思うと、今日咲いたのは偶然ではないと思える。その時、私たちは、山の斜面に衝立のように立ち上がっている杉と檜の緑を眺めながら、清々しいスフィアに包まれていたんだ。(K)



2021年3月25日木曜日

お正月みたいな日

 足の踏み場もなかった彫刻室が、やっと片付いた。今朝ガハクに「今日はKのお正月だね」と言われたのだった。

夜になって、すっきりとした床でチェーンソーの掃除をした。製材所の社長に「明日チェーンソー持って来てね」と言われたんだ。目立ての仕方を教えてもらう。

チェーンの隙間から中を除いたら、おが屑だけじゃなくて、リュウノヒゲや棕櫚の繊維が巻き付いていた。こんなの見せたら呆れられてしまう。恥ずかしいじゃないかと、せっせと割り箸の先を突っ込んでゴミを掻き出して綺麗にした。

労働の面白さが湧いてくるのは、互いの快活さとチームワークなんだな。今日の製材所での8時間労働はキツかったけれど、アトリエ解体作業で鍛えた体は平気だった。何事もなく無事に終わった。明日も気合を入れてやる。おにぎりを朝と昼の分8個作っておいた。だから寝坊しても大丈夫♪(K)



2021年3月24日水曜日

" おいでください "

「 彫っただけでまだ一度も刷っていない」と言う。ずっと、ただ彫り続けていただけなのか。

原板を彫りながら反転した絵をイメージできるようになれば、刷りの意味は変わってくる。インクの濃淡が生み出す空間性を見たくなるまでは、一々試し刷りをする必要はないのだ。刷りの面白さは彫りの先にある。彫りが甘いものを刷りではカバーできない。彫りと刷りでは、それぞれが得意とする領域があるようだ。

大きな目で瞬きもせずじっとこちらを見つめて来るこの人たちは、「あなたは私たちのシュゾクです」と言ったそうだ。確かにガハクの目は大きい。王子は、「おいでください」と言う為だけにやって来た。

明日はガハクと二人で朝から製材所に手伝いに行く。アルバイトだ。ちゃんと日当を払うと社長が言っているから、気合を入れて弁当と朝食のサンドイッチを夜のうちに作っておいた。これで寝坊しても慌てないで済む。

今回のアトリエ解体に乗り込むように助けてくれた恩人だもの。1週間前に石の運び出しをやり終えた後ガハクが、「この御恩は決して忘れません」と言うのを横で感動を持って聞いていた。だから、今朝ケイタイで「明日手伝ってくれるかな?」と言われた時、間髪入れずに、「はい行きます!」と言ったんだ。(K)



2021年3月23日火曜日

トワンのアドバイス

 トワンのお墓のすぐ横にフォークリフトの駐車スペースを作ろうとしたのだけれど、ずぶずぶにハマって動けなくなってしまった。箱ジャッキで車体を持ち上げて、道板をタイヤの下に差し込んでやっと脱出したのが⇩の写真。

トワンが「ここはやめて!」と言ったのかと思ったが、確かにここは狭いし、広いところに置いていつでも使えるようにした方がいいんだと納得。

宅配で届いたばかりの真新しいUVカットの厚手のシートをすっぽり被せた。今度のはグレーっぽいシルバーだから、ブルーシートよりもうんと見栄えがいい。夜になってシートのかけ方を変えた。アームと爪の部分をしっかり覆うように掛け直した。星空の下、小さな庭に小さなフォークリフト。

今日は廃材処理業者のユニック車に最後まで残っていた廃材を積み込んでもらって、完全にアトリエ撤収が終了した。地主さんもやって来て、前払いしてあった地代も返してもらった。半年から一年の間にと言われた猶予期間をわずか3ヶ月でやり遂げた。

ガハクを久しぶりに見た知人が、その逞しい変身ぶりに驚いていたそうだ。アーティストの魅力いっぱいなんだってさ♪人は美しいより可愛い方がいい。美は善に包まれ、守られ、動き出す。(K)



2021年3月22日月曜日

内なる人

 内なる人が覚醒すると、こうなるんだ。それはもう一人の私ではない。預かったもう一人、あるいは、与えられたもう一人だ。大事にするもしないも、その存在を知ることすら稀有なことだ。知ったからには引き受けるしかないでしょ。

昨日と今日は、ガハクはずっと版画室に籠っていた。私は裏庭でスコップと熊手とジョレンを使って、フォークリフトの周りを埋め立てていたんだ。地盤が緩いところには、石ころが混ざった山の土を入れながら。

ずっと絵を描いて行くのも、死ぬまで好きなことをやれるのも、内なる人がいればこそだ。熱意はそこから湧いて来るんだから。目的によって人は知られる。何のためにそれをやるのか?何でそれを言うのか?無意識の闇を照らせ!(K)



春の雨

今日からガハクはアトリエの引っ越し作業から解放されて、画家に戻った。小糠雨と霧に包まれた山道を登りながら懐かしく思うのは、生還して季節が一年巡ったという感慨があるからだろう。

記録を見たら、退院後20日経ってやっと散歩に出ている。すぐには歩けなかったし、立ち上がることだってやっとだった。それが1日1日ゆっくりだが、ダイナミックに回復して行くのを見ているのは感動的だった。

トワンが雪の日に猪を深追いして帰って来なくなったことがある。5日後、山の向こうの村で発見して無事に連れ帰ったのも、「3月14日だったよ!」とガハクがノートに書き込んだ日記を見て、偶然の一致に少し興奮して言う。

今日は一日中雨が降って、びしょびしょの水たまりだらけの庭を歩きながら思った。この3ヶ月ほとんど雨も降らず、雪も積もらず、晴れが続いたなあと、とても偶然とは思えないなあと、ありがたく思った。もうこれは僥倖としか思えない。

蝋燭工場だった建物が、子供に絵を教える教室になり、今アトリエに生まれ変わろうとしている。一つ一つ道具を置いて使い易くしている。片付けも面白い仕事だ。(K)



2021年3月21日日曜日

白く輝くトワン

 しっとりとした空間、濃密なスフィア、月に照らされた馬。ガハクには、こういう絵が描ける夜があったということだ。たぶん、トワンが死んでから描かれたものだろう。

悲しく寂しい夜がいつまでも続いた。死んだものが内的な存在になるまで、一体どのくらいかかるのだろう?白く輝く姿で現れるまで、通らねばならない夜がある。

昨日ガハクが、「ヤマボウシの木を移してもいいよ」と言ってくれたので、朝から庭でスコップを振るって過ごした。お昼ご飯を食べるのも忘れて。やっと、掘り起こした木は重くて、フォークリフトで吊り上げて運んだ。一番目立つシャープなシルエットの御影石の彫刻の横に植えたら、ぐっと庭に風情が宿った。木の配置は造園のキモなんだな。ユキヤナギの位置を1メートル動かしただけでも雰囲気が違ってくる。

フォークリフトの駐車スペースもできた。トワンの墓のすぐ横だ。埋めたところを踏んづけないように何度も練習して、やっといいコースで侵入して定位置に納まった。

明日は雨の予報だ。たっぷり水を吸い上げて、すぐに根付いてくれるだろう。(K)







2021年3月20日土曜日

裏庭

地盤のゆるさに参ってしまった。フォークリフトのタイヤが地面に埋まって動けなくなりそうで、怖くなった。手に持っているのは手甲だ。これを嵌めると気合が入る。

何も考えないで次々と石を動かし、2段積みにしてコンパクトに1箇所にまとめた。トワンの墓のまわりは、また元のように広くなった。これからここが、野外の作業スペースになる。

私は3ヶ月、ガハクは2ヶ月この大仕事に従事した。歩き出せばいつかは到達すると信じて始めたのだったが、今日、千里の道のゴールに辿り着いた。(K)



2021年3月19日金曜日

彫刻のセッティング

 夕方にやっと彫刻のセッティングをやり終えた。バラバラに置かれている時は狭く感じていた空間が、並べ終わると広く見えた。こんなに庭の隅まで使い切ったのは、初めてだ。

裏庭に積み上げられていた枯れ枝を崩したら、堆肥がどっさり出て来た。リンゴの木の周りに振り撒いていたら、木に呼び止められた。見上げたら、目の高さの幹の一部の樹皮が剥がれていた。カラカラに乾いている。慌てて木工用ボンドを塗りつけてやった。皮膜で覆ってさえおけば、また水を吸い上げ始めるんだ。庭のリンゴの木は、今年も実をつけそうだ。意欲満々♪(K)



2021年3月17日水曜日

呼ぶ声がする

 王子に声をかけられた時、他に二人の付き人がいたそうだけど、画面からいつの間にか消えた。この人だけで充分になったんだな。

啓示が降りた時、すぐには理解できなくてもいいんだ。言葉をそのまま覚えていて決して忘れなければ、いつか熟成して出て来る。自分の言葉として話せるようになる。

この人は目の美しい人だ。思ったこととやることが一致していたら、引き裂かれることもないし、嘘をつく必要もない。(K)



2021年3月16日火曜日

始原の雲

 あらかじめ砂利を敷いておいたので、フォークリフトのタイヤが地面にめり込むことはなかった。空気圧もしっかり7気圧まで入れておいたから、ハンドルも軽かった。途中で何度もエンストしそうになったので、ガハクがプラグの掃除してくれて復活♪

自転車用の手押しポンプでも車の空気は入れられる。6気圧を超えた辺りからは、二人がかりでやった。箱ジャッキでフォークのお尻を持ち上げたら、もっと楽に入った。手に伝わって来るタイヤ内の空気の反発って、凄いのね。ブン!と押し返される。

庭の中央にあって邪魔で枯れそうになっているモミジを切り倒したら、「広々とはしたけれど、風情がなくなったなあ」とガハクが言う。慌ててあれこれ探して、地下茎で増え続けているライラックの幼木を移植したら、ポッと光が灯って、ほっとした。

ただ広ければ良い、スッキリとすれば良い、カッコ良く決まれば良いというものでもないんだな、、、この庭の風情を壊さないように気をつけよう。ゆっくりやることだ。

夕暮れになって『始原の雲』をセッティングした。これを彫りながら空を仰いでは涙を流していたっけ。お母さんがいなくなって寂しかったんだ。今はもう彼女のトシを7つも超えた。(K)



ガハク生還記念日

 今夜は版画室に上がって行ったガハク。夏の頃に彫っていた銅版の続きをやっていた。でっかいルーペが机の上に置いてある。覗き込むと、「おいでください」と話しかける冥界の王子の顔が浮かび上がった。山の頂きに月が昇っている。この日この夜この景色を見ちゃったら、生き方が変わらざる得ないだろう。そういう体験をして来たガハクは、退院してから今日でちょうど一年になった。

一年前の今日は、雪が降っていた。まず最初に私の彫刻を見たいと言うので、アトリエに直行。ガハク像を眺めながら「いいねえ」と呟き、じっくり見てくれたっけ。

そして今日は、そのアトリエを完全に撤収し終わった日だ。鬼に囲まれたアトリエに自転車で毎日通った。「よくやれたねえ」と、自身の目で観察したガハクの、その言葉がありがたい。

私も今日で退院だ。これからは、もっと本当の力が湧いてくるはずだ。(K)



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