2020年5月9日土曜日

白い馬

ガハクがついに蹲踞の姿勢から立ち上がることが出来るようになった。自分の体を持ち上げるだけのことが、こんなにも難しいことだとは思いもよらなかった。歩くとか、階段を上ることよりも。

昨日は何度も試みては、「まだダメだ、出来ないよ」と、少し寂しそうな顔になったのだけれど、相撲の四股を踏むあの姿勢と型を再現しようとしたら、驚くべきことにぐっと力が入って立ち上がれたんだ。腰に手を当てて、相手を睨み付け、ぐっと顔を前に突き出すと、腰が少し浮く。その時、膝が90度の角度に広がるのがポイントだった。一挙に立ち上がろうとするリフトアップより、二つの動作で立ち上がると膝に負担がかからない。90度スクワットの延長なんだな。

意志が熱意を生み、熱意は工夫と忍耐を呼び込み、忍耐が知恵を付ける。知恵が精細な観察と行為を繰り返す楽しみとなり、今夜ついに白い馬が現れた!陽に照らされて白は金色に輝く。跨っているこの人は、あの白い人だろう。(K)


2020年5月8日金曜日

意識の蘇り

ガハクの体に毎日新しい筋肉が少しずつ付いて行くのを眺めている。補助運動をしないようにして、まっすぐ目的に向かって動いて行けば、正しい場所に必要な筋肉が付いて行く。もし無理に動かそうとして足を引き摺ったり、焦って激しく動かしたら、歪な筋肉がついてしまう。誰も住んだことのない場所に家を建てるように清々しい意識を持つこと。それは歪んだものを直すよりうんと簡単だ。

ガハクの新しい絵の下に、まだ蓮の花がうっすら残っている。
「今までとは違うすっかり新しい色を使うんだ。やり方も描き方も変える」と家に還って来た日に言ったのを覚えている。階段を四つん這いで上がり、絵の前でそう宣言したあの言葉が、今日動き出した。(K)


2020年5月7日木曜日

春野菜

アトリエの畑がだいぶ賑やかになって来た。全長20mの細長い畑だ。オクラの種を蒔く場所にビニールを敷いてみた。地温が上がって早く発芽するらしい。

今年はキタアカリ、男爵、メークイーンの3種類のじゃがいもを植えた。最初に植え付けたのがキタアカリで、まだガハクが病院にいた3月の初旬だった。男爵芋は天から降って来たので、ありがたく頂いて植え付けたのが3月中旬。4月になってやっとメークイーンを植え終わった時には、ガハクはもう散歩を始めていたっけ。

今日は涼しいひんやりした風がずっと吹いていた。Tシャツだと肌寒くて、ヤッケを着ているとちょっと暑い。帰る前に畑に入ってサヤエンドウとのらぼう菜とキャベツを採った。駅を降りて八百屋に立ち寄る人たちと気持ちは同じで、今夜のおかずを見繕っているのだ。

春野菜の勢いを眺めながら、ガハクの復活のことを考えている。体は確実に強くなって行くだろう。ガハクの意識は絵を描く為にある。ゆっくりと新しい場所に向かっているようだ。(K)


2020年5月6日水曜日

会いに来た鳥

いつの間にか、赤い鳥が描き変えられていた。振り返ってMの家族の方を見つめている。

「自分から取りに行かなくても向こうからやって来るからここで待っていればいいよ」と叔父に言われたのはもう36年前のことだ。あの時、ビデオカメラを抱えて山の駅に降り立ち、周りの風景にノスタルジーを刺激された叔父は、しばらくそのまま駅のベンチに腰掛けていたいようだった。

ほとんどの人は、相手に言っているようにして、ほんとは自分に言っているような言葉を吐く。叔父だってそうだ。きっと昔の自分にそう言ってやりたかったのだろう。お金を稼ぐために東京に出て、昼と夜の二つの仕事を掛け持ちして稼いだお金で事業を起こした人だから。

コロナのせいで小さな会社や事業が潰れて行く。虚業と芸術が混同されて行く。仕事とは何か?目的は何か?本当にやりたいことか?金になればどんなことでも?

『Mの家族』の継承者であった赤ん坊は街に出た。そして66で亡くなった。今霊界の森の中に小さな楽園が生まれようとしている(K)


2020年5月5日火曜日

新しい翼

翼というのは、体の中心からしっかり生えていて、肩甲骨から肩に沿って流れ、腕に繋がっているものなんだ。こういう認識が降りたのは、ゆうべガハクが励ましてくれたおかげだ。
「若い頃の作品にあった抽象性が、きっとまた戻って来るよ」と言われたのだった。最近ガハクの言うことに、よく耳を傾けるようになった。霊感ある人の言葉は予言だものね。

夕方になって外で焚き火が始まって、やがて筍を煮ている煙が漂って来た。それは寂しく侘しい臭いだったが、開け放したドアから見える山の緑の方が圧倒していて、ずんずん彫れた。

自転車で薄暗くなった道を走り出したら、ドッと突風に押された。尾根の向こうは雷雨のようだった。降られないうちに家に着けるようにと、ペダルをぐんぐん漕いだ。家に着いたら、雨が通った跡が残っていた。いつも雨から逃げるように走っていたのだけれど、今日は雨を追いかけたみたい。(K)


2020年5月4日月曜日

21時13分

夕食は7時。8時にはガハクは画室に上がって行く。大きな絵の前にいろんな高さの椅子や箱や踏み台が置いてあったけれど、今夜はすっかり片付けられていた。悲壮感はなかった。爽やかなスフィアだ。

確かにスポットライトで照らすと手元が明るくなって、やる気が出るんだ。私も照明はいろいろ工夫している。気分というのをうまく使えるようになると、楽しい。

ゴールデンウィークに入っても静かだ。小鳥の声がよく響いて、朝早くから夕方まで山の緑と風と小鳥を眺めて過ごしている。こんな山奥の人たちでさえ皆マスクをはめて歩いているから、皆真面目だなあと思う。この統制の取れ方は、他への配慮と自己規制で出来ている。これが良い方に動くこともあるけれど、悪い方に向いてしまうと鬱陶しくて冷たい。

Twitterをやっていると、「どう?今日の『みんな』は」とガハクが後ろから声をかける。ガハクが最近発見した新しい生物の名だ。うん、あまり元気がないねと答えた。(K)


2020年5月3日日曜日

透明な翼

夕方になって暗くなったので前面から投光器を当てたら、肩の稜線に曖昧な凹凸が現れた。急いで砥石で削った。

かつて彫刻科の先輩でカメラマンもやっている人に彫刻の照明について尋ねたら、外に出して太陽光の下で撮ったらいいと言われたことがある。その時は納得できず、実行もしなかったけれど、まっすぐな光は形を教えてくれることは確かだ。

透明な翼を彫るのには蛍光灯の光がいい。だけどこれが完璧に出来たら、強い光で照らしてみよう。ゆっくりゆっくり彫り続けている。こういうやり方しかないんだ。 (K)



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