2020年7月11日土曜日

力が宿る胸

胸をえぐると、中から膨らみ返して来る。気が付いたところを次々と削ってみる。この人の胸はそういう彫り方でしか追及できないようだから。動いて行くものを止めないこと、固定しないこと、予測しないこと、形になるのを待つことだ。

生きている形と死んでいる形ははっきりと見分けがつく。それが見えない人、見ようとしない人は、私とは関係ない世界に属しているのだろう。気にすることはない。

「大きく息をすると、(以前だったら、すぐに底に着いてしまったが)今は、いつまでも深く吸い込める」とガハクは言う。そういう柔らかな内部を包んでいる薄くて爽やかで強靭な胸を彫りたいのだ。(K)


2020年7月10日金曜日

ステロイド

ひと月ぶりのガハクの通院日。いつものように採血をして、胸のレントゲンを撮って、それから診察を受けた。さすがに今日こそは薬が無くなるだろうと予想していたのだが、足の浮腫みの原因について様々な可能性を探って話し続けている先生の様子に、どうも今日は釈放までは行きそうも無いなと、内心落胆しながら聞いていた。薬の処方だけは今日までにして欲しいとの願いを込めて、静かに耳を傾けて判決が出るのを待っていた。二人でじっと耐えていた。

診察の最後の方でやっと、
「浮腫みの原因はステロイドの副作用かもしれません。ステロイドしか考えられない」と言われた時は、ホッとした。
「ステロイドは一旦終わりにしましょう。それで浮腫みが消えればそれが原因だと分かるわけですからね」と仰った。他の薬もステロイドが無くなれば必要ない。

2月2日から今日まで5ヶ月と9日の間、体の中の嵐を抑えてくれたステロイド。ところが先生は、「もうステロイドが効いるかどうか分からないんですよね」とも仰る。一旦やり始めたら、急に止める訳には行かない薬がステロイドでもある。

病気は自力で治すしかなく、周辺で支援活動をしてくれるのが薬だ。病気が教えてくれることはとても多くて、それは貴重な体験だった。完治なんて無いのだと知った。数値が完全になるなんてこともあり得ないようだし。だって先生は、「それは個性かもしれないんですよね」と、また不思議なことを仰るものだから、訳が分からなくなっちゃう。

ひとまず薬は終了ということだ。ガハクの肺は治った。(K)

⇩ガハクの山散歩:ここはエデンと呼んでいる場所だ。手前の木は枯れている。「一年前は生きていたんだよ。葉っぱが付いていたもの。木も枯れることがあるんだね」ガハクは綺麗な霧に包まれて歩いている。

2020年7月9日木曜日

スクレーパー

夜の10時、画室を覗くと、まだスクレーパーで線を削っていた。机の横に貼られた試し刷りを眺めたら、空間に字の塊が浮かんでいるだけで、枠線は消えているように思えた。でもガハクの目には不完全なのだ。「まだ汚いでしょ」と言う。完全なものを求めている。

ガハクの爪には闘病の記録が残っている。爪の色と形が、病気の時と、その後の回復期では全く違うのだ。線を引いたように、くっきりと変わる。だんだん爪を切って行くと、あと3ヶ月もしたらすっかりダメージの痕跡は消えるだろう。ディフェクト部分は爪の先⅓だけになった。

爪の下の肉がなくなってふにゃふにゃだった指先に 今はしっかり肉が付いて太い血管が力の元を行き渡らせている。今朝は茹で卵、昼はビーフを入れた炒飯、夜は鶏の唐揚げにした。ガハクの体が新しく作り直されているのを実際に目の前で見せられているから、食べることを疎かにできなくなった。

毎日何を見ているか、何を食べているか、何を考えているか。そういうことが私という実態を形作ってもいるわけだ。(K)


2020年7月8日水曜日

作る為に壊す

引き締まって来た顔を支えている首が根っこのように見えて来た。だから肩や胸をもっと思い切って削ることにした。

 今朝ガハクが銅版のことで「その線を刻むのにたった15分しかかからなかったのに、それを消すのにもう5日もかかっている」と話してくれた。

ガハクと同じようなことをやっている。でもそれが最初から分かっていたら、ここにはいなかったと思う。(K)


2020年7月7日火曜日

カボチャの繁茂

カボチャがどんどん伸びている。茎を踏まないように 葉っぱを掻き分けながら草抜きをした。あちこちに艶々とした深緑の実を幾つも見つけた。今年はいっぱい採れそうだ。猿よけネットを伝って空に伸びようとしている蔓を 引っ張り下ろしては、地面に這わせる。カボチャは茎の途中からも根が出るから横に広がる方がいい。そこはキュウリとは違う。

カボチャの下に、まだ掘り残しのジャガイモが埋まっている。でもあと10日くらいならカボチャも待ってくれるだろう。雨の合間にゆっくり掘り出そう。

畑から出て、ポテトサラダのサンドイッチを食べた。うちのジャガイモと胡瓜が入ったサラダだ、美味しいに決まってる。石も彫った。(K)

↓これは長カボチャの蔓。葉っぱが大きいだけあって、30〜50㎝の立派な実が採れるんだ。味も濃い。


2020年7月6日月曜日

超常現象

「一色で刷ったのに、色が2色出るんだよ。ほら、ここんとこ」と指差す箇所を見たら、確かに違う色が出ている。緑がかった色だ。他の色で刷ったのも(単色なのに)同じ場所で色が変わっていた。円の外側に放射している細かな線と字が何かの影響を受けて変化している。まるで、色の微粒子が自分の好みの住処を見つけているみたいだ。

昨夜ガハクがしみじみ、「銅版画は本気でやらないととても出来る仕事じゃないよ。版画は安いからと思って安易に取りかかったらとんでもないことになる」と言った。ちょうど一年前にぞうけいの生徒さんが銅版画をやってみたいと言い出して、ガハクは一旦は断ったけれど、まあやってみるかと道具のことから調べ始めたら、一気に引かれてしまってガックリしたのを思い出した。けれど、ガハクはそんな他人のことなんか全く考えていない様子で、話し続けた。

「やればやるほど新しい発見があって、その発見がなければ堕ちてしまうし、楽しくなくなる」そういう領域に入った。(K)


2020年7月5日日曜日

嘘の隣人愛

嘘が良くないのは、騙した相手に対してじゃない。それを見ている周りの親しい人たちを蝕む。偽善は慣習になり、小さな者たちを押し潰す。精一杯の愛と勇気で叫ぼうじゃないか、一言で言えることを。本当に欲しいものを誰かに求めたことがあっただろうか?死の効用は、周りの人たちを明るくした。ガハクが生還した時、「為になるわよねえ」といつも美味しいものを降らせてくれる天使が言った。隣の偏屈な爺さんでさえ「良かった良かった」と満面に笑みを浮かべて慰労してくれた。本当のことだけが人を繋ぐ。死の恐怖と戦って戻って来た戦士に誰もが微笑む。

「お、僕に似て来たね」とガハクに言われた。耳から後頭部へかけての流れが掴めずに昨日今日と苦労していたが、首は根っこのように、眼球が食い込む穴をしっかりと捉えればいいと分かった。(K)


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