2021年2月6日土曜日

アトリエ撤収作業

日差しが眩しい。こんなにパーッとドアを開け放して石を彫っていたこともあったのだけど、いつの間にか心が閉じてしまっていたんだなあ。寂しく厳しい時期が長かった。

でももうそんなこと全てとおさらばだ。自分で決められなかったことを向こうから決めてくれた。ガハクが完全に復活した今だからこそ出来ることだ。二人で建てた彫刻のアトリエをまた二人で解体している。

おにぎりを食べながら外を眺めていると、ストーブの煙が野原を横切って流れていく。ガハクは今日は家でパン焼き。さあ、板壁を剥がそう。丸鋸で切って、ストーブで燃やす。ごみ収集にも出す。

千里の道41日目も無事終了♪(K)


 

2021年2月5日金曜日

水底に向かって泳ぐ

 横長の絵だと思っていたら、底に向かってまっすぐ潜っていく男を描いたものだった。ガハク自身がそれを忘れていて、イーゼルを二つ繋ぎ合わせて、絵をそこに載せるまで気が付かなかったと言う。そのくらい長い間放って置かれていた。

「今だったら果敢に攻めて行けるような気がする」と、作り損なった横長のイーゼルにキャンバスを立てかけて眺めている。縦が180cmくらいあるから、壁に寄りかけて描けばいい。

昨夜観たタルコフスキーの映画『僕の村は戦場だった』のイントロに、少年が母親といっしょに井戸を覗き込んでいるシーンがある。暗く深い井戸の底には、昼間でも星が見えると聞かされる。少年は星を掴む為に暗い井戸に降りていくという幻想がそれに続く。

その意味はずっと最後まで隠されたままなのだけれど、今夜ガハクの絵の中の男が縦にまっすぐ、しかも深い水底に向かって泳いでいると知って、「あなたはずっと前からタルコフスキーと繋がっていたのね」と言ってしまった。(K)



2021年2月4日木曜日

『バードウォッチャー』

 ついに『バードウォッチャー』を運び入れることができた。

庭の工房はコンクリートの床だから、手順さえ間違わなければ安全だ。確実に吊り上げる方法も考案した。長梯子を2階の手すりに固定して、チェーンブロックで吊り上げたら、予想通りにバッチリ決まった。こういう知恵はその時になると浮かぶものだ。ガハクとのチームワークも今日は最高だった。

想えば一年前の今日、空に浮かぶ雲に向かって話しかけていたんだった。「トワン!パパはとてもゆっくりだけど、良くなっているってよ」と。今、こんな風にガハクに手伝ってもらえるなんて、夢のまた夢、感謝しかない。

『バードウォッチャー』はガハクがモデルだ。あの頃、胸に双眼鏡をぶら下げて、毎日山に入っていた。珍しい小鳥の姿を見つけては、家に帰って図鑑を開き、その名を特定する。

でも、ガハクが見つけたのは小鳥だけじゃない。白い人に遭遇したのもこの頃だ。(K)



2021年2月3日水曜日

人が去る時

闇が谷を覆い始めた。山の上だけが太陽に照らされている。あの家の主が亡くなったことを後で知ることになる少女は、道を急いでいる。辺りの様子がいつもと違うからだ。彼女はもう何か不吉なものを感じ取っていたんだ。

ガハクの絵が変わっていく。一本一本の樹木を丁寧に描き変えている。光と闇が騒ぎ立つ森。雲が怪しく揺れ動く。今何が起きているのか?何もない平和な時があるとすれば、せっせと夢中で働いている時だけだ。

画家が筆を取ってパレットの上の絵の具を拾ってキャンバスの上に置くと、さーっと霊気が変わる。今夜は少女がすっかり削り取られていた。描き直すことにしたそうだ。(K)



2021年2月2日火曜日

初発刀(しょはっとう)

 ちょうど一年前の今日、ガハクは息が苦しくなって夜明け前にトイレの前の廊下で立ち上がれなくなったのだった。あの緊迫した日から、ジリジリと回復して来た。奇跡のような日々を思い出しながら、今日を迎えた。

「どうも僕は別の僕になったようだ」と話し始めたガハク。「あの時僕は死んで、僕がいなくなっても続いている世界が別なところにあるんだ。生き返った僕はここで違う僕を生きている」と言う。そういう異次元で進行していく世界が他にもあることを生死を彷徨っている間に何処かで知覚したようだ。死というものはないというのがガハクの結論で、「死んだら死にきりと思っているのは、間違いだと思う」と言っている。

初めて、居合をしているところを動画に撮ってみた。この一年で鍛えた体と心は目に現れている。衒いがなく静かな視線だ。敵を睨みつけるのではなく、山を眺めているようなのが理想。(K)



2021年2月1日月曜日

火燃し

ウィリアム・ブレイクの詩『無垢の予兆』の中にどうしても分からない一節があった。情熱について語られているところだ。

To be in a passion you good may do,
But no good if a passion is in you.

これを何かの暗喩として解こうとするから分からなくなるのだ。ずっと分からないまま頭の隅に置いてあって、ときどき考えていたのだけれど、やっと分かった!

さっきガハクの画室を覗いたら、夕暮れの薄暗くなった森を描いていた。火の色が最近とても鮮やかになって来たので、「火を描くのが上手になったね」と言ったくらいだ。そして、気が付いた。火が心の中に燃え始めると自分では消しようがない。その根拠さえ掴めないままどんどん火勢は強くなるばかりだ。そういう自分の内側が燃え始めることの断末をブレイクは書いているのだ。つまり、そこには鬼がいるということだ。

タルコフスキーの『サクリファイス』の中の火事もそうだった。『鏡』の中に出てくる火事のシーンも内なる火だ。火燃しするのが好きな男に気をつけろ。(K)





2021年1月31日日曜日

コンプレッサーの運び出し

今日のミッションはコンプレッサーの運び出しだった。三相は休止しているのでコードのどこを切っても感電することは無いのだけれど、ガハクは壁の配電ボックスを開けて上手に外してくれた。

建物のどこから解体して行くか、やっと計画が立った。最後まで残すのが、このブレーカーの付いている壁だ。コンセントも二つ付いているから、ずっと電気工具が使える。そして、最後の最後にフォークリフトで引き倒し、手作業で木材を分解すればいいと分かった。

明日は、この大理石の彫刻『竹林』を運び出す予定だ。ガハクは気合が入っている。体がよく動く。力もある。2月2日の救急車に乗った日が近づいて来て、私もどこか張り詰めている。ほんとによくここまで来れた。(K)



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