2020年5月16日土曜日

強い胸

昨日ガハクの肺のCTの画像を見たからか、今日は胸を思い切って彫れた。胸板に刻まれた肋骨の起伏を彫りながら、服の上から肺が透かして見える気がした。右肺の突起も小さくなっていたし、靄が消えて透明度も増していた。ガハクは最近やっと深呼吸ができるようになったという。吸った以上にゆっくり時間をかけて吐くことができるのは、横隔膜を包む筋肉が強くなった証拠だ。

リハビリ療法士に、胸に負担がかかる運動はしないようにと言われていたけれど、昨日から腕立て伏せもやり始めた。だが、まだ半分しか沈めない。完全にやろうとして、力尽きてペタッとお腹と胸が床に張り付いてしまった。自分の体を持ち上げる強い筋力までは、あともう少しだ。現在9割回復。

音のしない雨がずっと降り続いていて肌寒いくらいだったけれど、ドアを開け放して仕事をした。山の緑が視野に入って楽しいのだ。すると、外から甘い香りが入って来た。空き地にカモミールを植えた人がいる。そこは獣が荒らすので嫌になって畑をすっかりやめた場所だ。雨に打たれると、ハーブは強い香りを放つ。

隣の野原は斜面の上の方まで綺麗に均されていた。短い棒が等間隔に地面に刺されてもいる。どうも植樹の準備のようだ。物事は善い方に動くこともあるのだから、ただじっと見つめていればいいんだな。(K)


2020年5月15日金曜日

幻の滝

夜になってもまだ興奮しているのは、ひと月ぶりに街に出たからだけじゃない。今日のCT検査でガハクの右肺の小さな突起が目で見てはっきりと分かるくらい小さくなっていたからだ。先生の言葉のままで言えば「自然治癒できている」ということだ。じわじわと来る喜びを実感している。あれはサイトカインストームではなかったか。過剰防衛による多臓器障害の傷痕がやっと治った今、また新しい命が注がれているように思える。

 遅くなってやっと画室に上がって行ったガハクは、今夜は小さな滝を描いていた。水しぶきの先にあるのは、ずっと道だと思っていた茶色の帯で、これから川になるらしい。

本人に言われて気がついた。ガハクの体のコンストラクションが変わった。立ち姿が前とはぜんぜん違う。元々あった背中の丸みが消えて、前に倒れぎみだった首の角度が立って来た。人は死にかけると、何かが離れ、新しいものが入って来るようだ。(K)


2020年5月14日木曜日

ブルトーザー

12時半にアトリエ着。昨日フォークリフトで走り回った広場に自転車で乗り込んだ。ぴたっと整地されて気持ちが良かった。

ところが、隣の空き地にブルトーザーとシャベルカーが停まっていて何やら始まった様子。野原が穿り返されて茶色に変わってもいる。いよいよ宅地造成が始まったのかと、少し心配になった。山から引いている水のパイプがそこを横切っているのだ。作業員に聞いてみれば分かるのだけど、何も聞かずに夕方まで石を彫ることに集中。

夕暮れになって、ブルトーザーの音も止んで山の静寂が戻った。作業員の笑い声が谷に響いている。顔を洗いにタオルを首に引っ掛けて外に出た。果たして水は出るだろうか?と案じながら近づいてみたら、パイプを潰さぬように配慮されていた。斜面に横倒しにされた丸太に沿って結び付けてあったのだ。ありがたいことだ。

オクラの芽にも、カボチャにも水をやった。(K)


2020年5月13日水曜日

ガハクの空

今朝見た時は、空にピンクの色の雲が湧き立つように踊っていたのだけれど、あれは梢の下書きだったのか。方舟がずいぶん小さく遠くなった。

もう手が震えなくなったそうだ。わざと震えて描いて見せながら、「震えるのは筋力が無いからなんだね。なんか高いところを描くのもリハビリに思えて来た」と笑っているガハクは、嬉しいのだ。描くことの意味や意義なんていうのを超えてしまった。

空が狭くなって、天井が空のように見えた。30年前にガハクが画室で(その頃は隣の借家の洋間で描いていた。今のガハクの位置から斜め下に10mの距離) 絵を描きながら「絵を描いている時に世界と繋がっているって分かったんだ。これは啓示だよ」と言った言葉がやっと分かるようになった。(K)


2020年5月12日火曜日

彫刻の背中

やっと背中が良くなった。すーっと立っている人になった。これから再び前に回って胸や肩を彫り直す。薄皮を剥ぎ取ってもっと透明な姿にして行こう。

伸び過ぎた筍が道の脇に出ていた。筍の季節も過ぎたようだ。今年は山菜採りの人も見かけなかった。家の前を通る秩父行きの電車は一両にせいぜい数名、ぜんぜん乗っていない車両だってある。少し寂しくなるが、静かな方が仕事ができる。

 カボチャを植え付けた時に防寒と虫除けの為にかけておいたビニール袋を外したら、ずいぶん立派に育っていた。7本ある。バケツの水でビニールを洗って、アトリエの軒下に吊るした。また来年使おうと思って。3枚はもう劣化していたからゴミ箱へ。畑の作物より時間がかかるのが彫刻だ。カボチャは7月には食べれるだろう。(K)


2020年5月11日月曜日

死なない為に描く

夕飯の支度を一緒にやった。チャーハンを作りながらガハクが、「天井はやっぱり暑いんだね」と言うから何のことかと思ったら、今日はずっと画面の上の方を描いていたからだったのだ。
 それだけじゃない。夕方になると白い人の谷から涼しい沢風が降りて来て、庭を通って部屋の中に入って来るんだけど、2階にまではなかなか届かない。今日のような夏日だと特にそうだ。
 夜になって画室を覗いたら、熱気がまだ溜まっていた。カーテンを開けたら、スーッ流れ込んで来た山の空気のまあ、、なんて気持ちが良いこと♪窓際のゆり椅子に腰掛けてしばし見学。

ガハクの新しい描き方の一つに”描き直す時は完全に前の絵具を削り取る”というのがある。自分に課したルールらしい。空と方舟を削りながら、「死なない為に描いているのかねえ。クロちゃんは癌の宣告を受けてドイツから帰国したのだけれど、それから突然時間がかかる絵を描き始めたんだよね。それまではポップな絵を描いていたのに」と話し出した。30ちょっとで亡くなった友人のことだ。

死んで名を残す為に描いていた人が、いや、才能を輝かせたいと思って描いていた人が、死なないように描き始めるって、、、それまで何してたの?(K)


2020年5月10日日曜日

肩を覆う翼

昨日、ガハクがオレンジの皮を剥くのをじって見ていたら、もう手が震えていなかった。
「指に力が入るようになったよ」と、自分でも驚いていた。

今朝、紅茶のティーバックに張り付いた糸を引っ張ったら、袋に小さな穴が空いてしまった。その糸で穴を縛って塞ぐことにしたガハク、「おゝ結べた!」と、喜んでいた。

今日の山散歩。足下のどこに足を置くか考えながら歩いたそうだ。石ひとつ草ひとつ乗るか除けるか。前方を塞ぐ小枝は屈んで通るとか。「ドカドカ降りるよりずっと安全だ」と言う。

刀の素振りは、両側に足を開いた状態で振るより、前後に足を開いた姿勢での方が難しいそうだ。蹲踞から立ち上がるより、片膝立ての状態から立ち上がる方が筋力が要るのと同じかな。

翼は肩を覆い、さらに腕も包むように彫っている。ガハクの手に力が戻って来たから、背中をもっと力強くしたいのだ。(K)


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