2020年10月31日土曜日

胸筋

アトリエの壁に貼ってあるお天気表には、この10ヶ月の天気と出来事がメモされている。5月17日の欄に、「ガハク片膝座りから立てた!」と記入してあるのが目に入った。退院してから2ヶ月でやっと居合の型を(ゆっくりではあるけれど)やれるようになったのだ。

あれから5ヶ月経った今は、もっと素早く動けるようになっている。ガハクの胸がずいぶん厚くなって来た。朝起きると、いつも肩の辺りが筋肉痛でギシギシと強張っているくらいだもの。それでも、毎日ハードな練習を面白そうにやっている。楽しくなきゃ続くはずがない。

石の方も胸の辺りの陰影をいじって、じわじわと形を動かしている。同時に今日は、小さな天使の翼をくっきりと浮き上がらせた。天使はどんどん小さくなっていく。石は彫れば彫るほどきっちりと強くなり、大きさも出て来るんだ。(K)


 

2020年10月30日金曜日

疾駆

「怖かったねえ」という声が絵の中から聞こえて来るようだ。

きっとこの青は昨日教えてくれた新色のブルーだろう。ちょっと白を混ぜると生き生きとして来て、目立ちながらも画布に喰い込み、その派手さゆえに夜にも昼にも使える空の色だ。

煙が混ざって空を汚している。

あゝ、、、そろそろ薪ストーブの季節だ。風向きを確認してから薪を焼べよう。今日は日暮れに冷たい風が吹いたけれど、寒くなる前に帰って来た。こんどの冬は、早寝早起きして、明るい太陽のあるうちに仕事をするんだ。心を入れ替えて一月半経った。(K)


 

2020年10月29日木曜日

君子豹変

 「この緑は使えないな、、、でも白を混ぜると何とか使えるかも、、、やっぱりダメだ。黄色を混ぜると少し落ち着く。こういうのは混色して使うしかないね」と、練ったばかりの絵具をパレットに出して見せてくれた。

パレットに出すと濃紺にしか見えないウルトラマリーンは、ガハクが好きな色だ。白を混ぜてみせながら、「ね!良い色でしょ」と言う。確かにしっとりとしていて、この家の窓から見える朝の空の色だ。

端っこに派手な青を出して、白を少し混ぜてから、「Mの家族の空はこれで塗ったんだよ」と。これも絵具メーカーが最近作った新色だそうな。わざと違和感を出すのに使ったんだな、と思った。

「今日は5色も絵具を練ったけど、ぜんぜん疲れなかったよ。やっぱり強くなったんだなあ」毎晩パレットに残った絵具をきれいに拭き取って、オイルで磨いてから1日の仕事を終える。「君子豹変す」とは、ガハクのことだ。(K)



2020年10月28日水曜日

えくぼ

 朝食を食べながら、しげしげとガハクの顔を見つめていたら、皺の中にえくぼがあるのに気が付いた。若かった頃は無かったように思う。痩せていたからかな?

ガハクの体重は61kgになった。私より10kgも重い。身長は13cm高いから、ちょうどいい感じだ。長い間ずっと数kgの差しかなかったのが、今は見るからにしっかりしている。

今日は弁当を作った。大根の葉っぱを刻んで炒めて胡麻と鰹節入れたのをふりかけたご飯、そして卵焼きだ。私はアトリエに持って出かけた。ガハクは家で弁当を食べて、さらに3時にラーメンを作って食べたそうな。

石の顔にもえくぼを彫ってみたら、まわりに影響が出て、瞼や口元や鼻梁もいじる羽目になった。表情が変わると、視線が動く。それに合わせて、瞳孔の暗がりをもっと深くしなくちゃならない。細いヤスリの先で少しずつほじっている。

顔に皺を彫ることも怖れなくなった。老いたガハクの顔に浮かんだえくぼのおかげだ。(K)



2020年10月27日火曜日

夜も尚明るい森

ガハクがこういう澄んだ絵を描くようになったのは最近のことだと思っていたけれど、これは数年前に描いたものだというので驚いた。繊細な枝先を描いていたのは覚えている。あれが、こんな風に仕上がっていたとは知らなかった。

下の方に人がいるのに気が付いて、あれは白い人?と聞いたら、「漁る人」だと言う。そうか、もう白い人は出ないと言っていたものね。僕らの中にいるからって。

「僕が見たものが本当だとしたら、『死』というものはないんだよ」というのが、ガハク生還後の最も重要な発言だ。でも、この絵の中にすでにあるじゃないか!(K)



2020年10月26日月曜日

森が生まれる

トワンといっしょに自転車で駆け下りたこの辺りも 木漏れ日が美しい森になった。

この辺りは鉱山跡で、ゴロゴロの石ころとボサボサの雑草に覆われただけの殺風景な荒地だったのだけど、いつの間にかこんなに木が増えた。勝手に伸びて来たこの木々は、小鳥と風と動物が運んで来た種から芽吹いたのだろう。私たちが見ているたった37年の間でさえ、こんなに風景が変わるのだ。森はゆっくりと、毎日刻々と、確実に作られて行く。

昨日からガハクは薪拾いを始めた。山の中の所々に集めておいて、紐で結えて運び下ろす。足腰が丈夫になったのを実感しながら山を降りているそうだ。11月になったら、早起きしてアトリエに行こう。朝は薪ストーブを焼べよう。(K)



2020年10月25日日曜日

飛翔と跳躍

翼を動かすのは肩甲骨辺りの筋肉だ。雛鳥は肩を上げたり下げたりして、飛ぶ準備をいつもしている。人間の子らも放っておくと走り出す。じっとしていられない、ついやってしまうというのが、意欲と好奇心の正体だ。

ガハクは、山でやっている素振りに『飛び込み面』を導入した。坂道を登りながらやるのだから、かなりキツくてヘロヘロになる。それでも毎日やっていると、だんだん跳べるようになって踏み込む距離も伸びて来た。子供の頃からの得意技が戻って来た。

彫刻の後ろ髪を 苦心しながら彫っている。善と真理がより合わさって 背後を守っている。(K)



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