2018年8月4日土曜日

雲に聞け

赤い光が野原に満ちているのが見えたので砥石を置いて外に出たら、アトリエのすぐ正面の山から大きな雲が湧き立っていた。いつも月が滑って行く山の端をこんな風に彩るなんて、なんて粋なんだろう。音もなく静かに過ぎる空のスペクタクル。あの雲の下は激しい夕立が降っているのだろうか?

未知の領域に踏み込む探検家は空を見上げて明日のことを雲に聞く。よし、行くぞ。(K)


2018年8月3日金曜日

写真の色

絵の中の青緑の色が写真に撮ると実物とかなり違って見える。そんな程度のデジカメの性能によるのか光の当て方の具合なのかよく分からないが、写真なんてその程度のもの。人の目の構造を真似て作られた写真は、だから絵を模倣している事になる。その逆ではない。
この事を何故か多くの人が誤解している。
最近は絵具の練り方を少し変えた。顔料をいくつか適当に混ぜ好きな色を作る。ガハクカラーだwそしてそれを他の色と混ぜずにそのまま画布に塗りつける。(画)

2018年8月2日木曜日

真の探検家たち

あの時、イギリスの3人の洞窟探検家の名を書きつけた手紙をタイ政府に送った人物がいる。一体どんな人だろう。彼も洞窟探検家であるらしい。彼の意識は常に最高の人たちと繋がっている。自惚れや失意や絶望や退廃がない。足の引っ張り合いのない人たちがいる。そういう人たちが一斉に動いた時の仕事ぶりはいつもcoolだ。

樹木の幹に芯が通った。やっとしなやかな動きを形にできた。(K)


2018年8月1日水曜日

自己愛

自尊心が自己愛を生むのか自己愛が元にあって自尊心が芽生えるのかよく分からないが、こいつらは本当に困ったもんだ。全ての思考や行動がここから出て来て、そしてさらにそういう事が無意識なままだったら、そいつは怪物になる。あちこちにいるように思えて怖い。
そうだ逆に考えてみよう。自己愛が完璧であったら自尊心に揺るぎがなかったら他者をそのあるがままに受け容れるのも容易に違いない。それなら完璧な自己愛を身につけるように絶えず努力すればいい。
いやそれができるのは神だけだ。という声が。
さて、Sの像にやっと奇妙な感じが出て来た。(画)


2018年7月31日火曜日

意識の継承

今日はいい絵が描けた。人参の種も蒔いたし、里芋の土寄せもした。ガハクの手のひらの血色が良くなって、トワンの毛艶も今までになく美しい。リンゴにかけた袋がはち切れそうだ。帰り道、大きなオレンジ色の月を前方に見上げながら自転車を漕いだ。(K)


2018年7月30日月曜日

告白

ルソーの『告白』をまた読み始めた。記憶力が悪いのはいいことだ、新たに感動できる箇所がたくさんある。しかしルソーの純真と善良、真摯さ。表現者とはこういうものでなければならない。
最近必要があって昔の作品の画像を整理している。色々悲しい記憶が蘇りいつも辛い思いがするが、作品についてなら未熟から来る不完全さはともかくそこに嘘はないと安心した。(画)

2018年7月29日日曜日

形の必然

予報よりも早くやって来た台風の雨がトタン屋根を激しく打ち鳴らす音を聞きながら、雲の襞に砥石をかけていた。雨の音が気持ち良くて(いつもなら耳栓をするのだけれど)3時間ぶっ続けに削って、外がすっかり暗くなる直前に帰路に着いた。路上には小枝や葉っぱが散って、山がざわざわと揺れている。台風の日でも雨に濡れずに雨具も着ないで屋根の下で彫刻ができるなんて、幸せだ。この土地に仕事場を持った最初の頃、4坪の掘っ建て小屋の傍のパタパタはためくシートの下で石を彫っていたのだったなあ。何度もガハクと増築を繰り返して今がある。この形に辿り着くまでの必然を考えている。(K)

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