2018年9月22日土曜日

美こそ最期の希望なり

文字や字体の問題ではなかった。
石牟礼道子の詩の意味を考えれば「花」は希望であり生命であり、それは「美」ということなのだ。「美」にこそ最期の希望を見出しているということなのだ。
ゆえにここでは花が美しく輝いていなければならない。なのにこの絵はなんだ?全然だめじゃないか。といつもの自惚れから覚め久しぶりにイラついていた。ガリガリっと削ってゴシゴシ布で磨きインクを詰めて刷ってやった。いつものような刷りの期待感はなく機械的な作業。
黒いインクがこれほど汚く見えたのも初めてだった。(画)


2018年9月21日金曜日

新しい様式美

やっと『瀕死のアダム』が磨き上がったので、さて次はどれを仕上げようかと、未完成のまま放置されている彫刻を眺めて回った。その時々でぎりぎりまで彫り上げてある形を直していいものかどうか、そのままでも良いのかもしれない。先に進むことよりも後戻りする方が過酷だ。でも、そう思わせられるのは老婆の滅びの霊の仕業なのだ。どこからか、「好きなように生きなさい」という声が聞こえた。何をしてもいいのだ、何をやっていても、いや、何もやらなくてもいいのだくらいに思って全ての束縛から解き放たれよとは、ガハクの言。

ホットケーキを頬張りながら番茶を淹れた。まずはこの大理石板の2枚のレリーフを完成させよう!何年かかってもいいんだ。アダムを彫ったことで手に入れた新しい様式美を使えば、猥褻さや下品なグロテクスを超えて細くしなやかな体の中心がスッキリ出せるはずだ。再び勇気が湧いて来た。(K)


2018年9月20日木曜日

無意識を意識する

用があって以前のノートを開いてみた。そこに一枚のデッサンを見つけた。そのデッサンから着想して数点の絵を描き版画にも彫ったのに、その絵を超えるものができていなかったことに気づいた。その絵を忘れていたわけではない。いつもそのデッサンを念頭に置いて新しい作品を作ったはずなのだ。それなのに…
無意識を意識する、無意識を発見し表現するという行為の倒錯的矛盾性なのだろうか。

削り落とせば落とすほど新しい課題が次々と湧いて出てくる。それは生まれたのではなく隠されていたのだ。(画)


2018年9月19日水曜日

サインを刻む

今日、彫刻の足元に『K』と刻んだ。鉛筆で書いた線を少しずつ削るように慎重に彫って行ったのだが、下書きの気楽さがなかなか出せなかった。だんだん彫っていくうちに、いつものように太く強く刻むことになった。

根っこを張った細い茎の先に小さな花が咲いていて、そこに月が寄り添うという形を考えてくれたのは、ガハクである。名誉や野心から遠く離れると、名さえ浮かんで美しい。(K)

2018年9月18日火曜日

何が何の役に立つか

純粋抽象美の世界には近づかないようにしていたんだな。隘路や迷路、時に断崖絶壁にぶつかって行き止まる、そんな事態に陥りそうに思えて。でもこれも一つの実験だと思えばそれほど怖くもない。
未だ文字は美しくないのだが、花の形の不完全さに気付かされたから何が何の役に立つことになるか決めてかからない方がいいという真理を再確認した。
ダメな所を削り落としてもういっぺんやり直しだ。(画)

2018年9月17日月曜日

水中からの脱出

どこをどう磨くか、どこまで光沢を出すか、思案しながら進めている。腕の間にペーパーをかけてみたら、異様なほどテカテカと光って、風のつもりで彫った空間が水面の波立ちのようになった。もしかしたら、ここは水中なのかもしれない。この男、今はパッチリと目を開いて前方を見上げているけれど、ついさっきまで死にかかってどんよりとした目をしていたのだ。

ここまで彫り直すにも意識の変革が必要だった。目はなかなかうまく彫れない。生きた目、死んだ目、死にそうな目、それぞれ瞳が全く違う。意識に風が吹き込むと人は急に元気になる。愛というのはずいぶん長い時間をかけて熟成されるものなのだ。自分ではこさえられないものなのだけれど、工夫しながら苦労しながら水面から顔を出し、何とかここまで辿り着いた。地上のこの透き通った空気を胸いっぱいに吸い込んで、、、さあ行こういっしょに何処までも♪(K)

2018年9月16日日曜日

キノツラユキ

やばいところに落ち込んでしまったような気がする。絵描きはこういう世界に入ってはいけないと思ってたんじゃなかったっけ?幽玄とか枯淡とか味とかいう科学的理解からは逸脱した世界…。そういう世界を避けて来たんじゃなかったっけ…。。;)
いやそんなことじゃなくて、紀貫之にでもなければ小野道風でもない、平安の貴族でもない無学無教養なオレがかっこいい連綿字を書けるか?って話。しかも逆向きに彫り込めるか?って話。敷居が高すぎないかい?って話。
でも面白くもあるんだよな。それに何でも成功しなきゃいけない訳じゃない、遊びながら何かを掴むってこともあるんだからさ。(画)

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