2020年10月27日火曜日

夜も尚明るい森

ガハクがこういう澄んだ絵を描くようになったのは最近のことだと思っていたけれど、これは数年前に描いたものだというので驚いた。繊細な枝先を描いていたのは覚えている。あれが、こんな風に仕上がっていたとは知らなかった。

下の方に人がいるのに気が付いて、あれは白い人?と聞いたら、「漁る人」だと言う。そうか、もう白い人は出ないと言っていたものね。僕らの中にいるからって。

「僕が見たものが本当だとしたら、『死』というものはないんだよ」というのが、ガハク生還後の最も重要な発言だ。でも、この絵の中にすでにあるじゃないか!(K)



2020年10月26日月曜日

森が生まれる

トワンといっしょに自転車で駆け下りたこの辺りも 木漏れ日が美しい森になった。

この辺りは鉱山跡で、ゴロゴロの石ころとボサボサの雑草に覆われただけの殺風景な荒地だったのだけど、いつの間にかこんなに木が増えた。勝手に伸びて来たこの木々は、小鳥と風と動物が運んで来た種から芽吹いたのだろう。私たちが見ているたった37年の間でさえ、こんなに風景が変わるのだ。森はゆっくりと、毎日刻々と、確実に作られて行く。

昨日からガハクは薪拾いを始めた。山の中の所々に集めておいて、紐で結えて運び下ろす。足腰が丈夫になったのを実感しながら山を降りているそうだ。11月になったら、早起きしてアトリエに行こう。朝は薪ストーブを焼べよう。(K)



2020年10月25日日曜日

飛翔と跳躍

翼を動かすのは肩甲骨辺りの筋肉だ。雛鳥は肩を上げたり下げたりして、飛ぶ準備をいつもしている。人間の子らも放っておくと走り出す。じっとしていられない、ついやってしまうというのが、意欲と好奇心の正体だ。

ガハクは、山でやっている素振りに『飛び込み面』を導入した。坂道を登りながらやるのだから、かなりキツくてヘロヘロになる。それでも毎日やっていると、だんだん跳べるようになって踏み込む距離も伸びて来た。子供の頃からの得意技が戻って来た。

彫刻の後ろ髪を 苦心しながら彫っている。善と真理がより合わさって 背後を守っている。(K)



2020年10月24日土曜日

霊視

この絵は大きい。100号もある。『白い幡』が空中にひらめいていたのだが、さっき画室を覗いたら無くなっていた。ガハクは、「消しちゃった。また描くかもしれないけど、描かなくてもいいかな」と言う。彼女だけにしか見えなかったものなら、描かなくてもいいのかもしれない。

お使いの帰りに白い布が空を飛んで行くのを見た女の子は、急いで家に向かって走っている。なにか不気味な怖い気がしたからだ。次の日に、布が飛んで行った方にある家の人が亡くなったと聞いて、自分が昨夕に見たものがその兆しだったことを知る。

この話は、ガハクの親友で画友だった人の母上から直に聞いた話だ。親子ほど年が離れたその彼女が話す東北訛りのある声が、今も心に響いている。山で亡くなった親友のことを語り合いながら、秩父の札所巡りをした。自分たちの父母を案内しているような、親孝行をしているような、そんな満足までいただきながら。宿に着くと、父上はすぐにカウンターで宿泊代を私たちの分まで払ってしまう。だから親孝行というより、甘えさせてもらうばかりだった。

ガハクが描いている赤い着物を着た女の子がどんなに美しい心を持った女性であるかは、彼女の夫であり親友の父でもあった人との絆を見せられて来た私達には、よく分かるんだ。

ある時ガハクがその二人に向かって、「彼が山で死んだからご両親にお会いできた」と言ったので私は慌てふためいた。黙って聞いてくださった。

とても超えられそうもない苦しい体験、忘れようとしても消えない記憶がある。それをそのまま持ち堪えて生き続けることは、亡くなった人への愛なんだ。(K)



2020年10月23日金曜日

線が形を蘇らせる

線が引けなきゃ何も始まらない。絵を描くにも線だ。彫刻はマッスだと教わっても来たが、ここまで来ると、やっぱりしっかりした線が刻めるかどうかにかかって来る。

髪の毛の後ろの方まで線を彫り始めた。 雨の音に寂しい気持ちにさせられたが、彫り出してみたらいつものようにだんだん集中して来た。石を彫っている時は、悪い霊がいなくなる。それだけこの仕事は過酷だということだ。ゴロゴロ寝転んで楽して自己実現したいと言うのが悪霊たちの望みなのだから、こんな寂しいアトリエでコツコツ石を叩く音だけ聞いていると、退屈でだんだん眠くなってしまうのだろう。

悪霊が去ると、入れ替わるように「いくらでもお付き合いしますよ」的な善良な霊たちが傍に来る。すると、じわっと楽しい気持ちが湧いて来て、いつまでも彫っていたい気持ちになる。

夕方になって雲間から赤い光がさして、谷間から霧が湧き上がった。車検が終わったばかりのぴかぴかのバンに乗って走り出したら、月が雲の上で光っている場所を見つけた。カーブを曲がる度に現れる月の舟を見上げながらハンドルを握った。(K)



2020年10月22日木曜日

鞍掛豆を食べるのは誰?

鞍掛豆の選別で撥ねられた分を山の食卓に置いて来たガハク、これはその証拠写真だそうな。誰が食べてくれるだろうか?小鳥が真っ先に見つけるかな?リスもいるし。

そういうことを考えながら毎日同じ山道を登るのは楽しいだろう。目的があるわけじゃない。餌付けするつもりもない。でも思い付いたのだから何かあるのだろう。心が動く時、そのモチベーションの元へと辿ると、鹿の足跡だったり、小鳥の声とか、リスの姿、梢が揺れてひんやりした風が吹いて冬の気配を感じたからとか。きっと何かコンタクトしたいものがあるのだ。

何もない時は、ポケットにどんぐりを入れて行くこともあるガハクである。(K)



2020年10月21日水曜日

妻の肖像

『どこまでも行こう 道は険しくとも 口笛を吹きながら 歩いて行こう』という歌のことを思い出して、私たちもこれで行こうということになった。そして「いつか大陸に行ってみたいな」とガハクが言い出した。この国ではどこまでもという訳にはいかないんじゃないかと、狭過ぎるんじゃないかと言うのだ。目的地を決めない終わりのない旅とは、永遠のことだろう。

アガノ村の小さな谷で絵を描いているガハクは、自在に時間や空間を遡ったり移動したりしている。私から話を聞いただけなのに、子供の頃のお洒落な髪留めまで描いている。母の友人がアメリカで買って来たものだ。クリーム色と空色の二つ。蝶々の形をしていたというところまでは話していなかったな。

これから妻の肖像をどんどん描いて行くそうだ。(K)



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