2021年12月8日水曜日

邪馬台国の巫女

『Mの家族』の中でいちばん独立心の強そうな女の人の服が、いつの間にか描き変えられていた。咄嗟に頭に浮かんだのが、『邪馬台国』。あの頃の人だったら、きっとこんな風にキリッとしていたはずだ。今よりずっとチャーミングで、憂いのない意志的な顔をしていただろう。嘘のない顔、外と内が一致した人の立ち姿は美しい。

昨日久しぶりに山の上の小さな神社まで登った。社の中は落ち葉がいっぱい吹き込んでいて、埃もいっぱい溜まっていた。お祓いの榊の小枝でガハクが掃除を始めた。私も裏に回って、柱に絡んだり床を這っている蔦を引っ張った。スルスルと簡単に抜けた。

自然は人間が関わって初めて動き出すというのは本当だ。誰にも見られないで触れる人がいなければ、自然はいつまでも粗野で乱暴なままだ。あっ、人もそうかな?(K)



2021年11月27日土曜日

全光(ぜんこう)

光を正面から浴びたモチーフの照明の状態を”全光”と言う。これは専門用語なんだろう。

庭に出て彫刻を眺めたら、今朝も全光だった。せっかく浮き彫りにした細かな形がぼんやりしてしまう。これは黒い石の場合は特にそうで、彫り痕の白い点々を消さない限りぼんやり感はずっと続く。ここは妥協せずに進むしかないと決意して、ゆっくり研ぎ始めた。

炎の側面に荒砥をかけ、その後200番、今やっと400番までかけた。少しグレーになって形が盛り上がって見える。こんな細かなことをこのサイズの黒御影石でここまでやったことはないから、冒険心が密かに湧き上がっている。これは、じっくりと腰を据えてかからねばならない探検なんだ。刺繍をしている女のような気持ちで冬の庭に立って労働をしている。芸術という意識の革命が静かに始まった。(K)


 

2021年11月16日火曜日

命の樹

ガハクが言うには、『Mの家族』の主題はこの大きな白い樹なのだそうだ。

骨のように白く輝く幹。吸い上げられる水の音。うねうねと空に向かって伸びている枝。高いところでゆっくり揺れる梢。緑の葉の広がりが巨大な日陰を作っている。

あゝきっと森の木々たちは、この白い樹から命をもらっているんだ。川の向こうに立っているあの人たちは何を眺めているんだろう?幽霊のように透き通ったこの白い樹に気が付いているかしら?

この絵には見るものがいっぱいあって、森をかき分けながら進んでいるうちに、白い樹のことをすっかり忘れてしまう。それでも、でーんと聳えて森を護っているのが、命の樹だ。(K)



2021年11月13日土曜日

太陽との交信

 炎だけではこじんまりとまとまってしまうので、炎の周りをぐんぐん抉ってみたら、だいぶ大きくなった。炎の先端から放射する光も彫った。そして熱の広がりの輪もレリーフ状に刻んでみた。彫りながら、樹木のように広がっていく様子が森のようだと思えた。

太陽は熱と光。もし太陽に熱がなければ何も育たない冷たい冬の世界がずっと続く。

ずっと使わないまま放って置いたコンプレッサーとエアービットだが、その先端の部品が手彫りに使えそうだと気が付いた。タンガロイチップが埋め込まれたタガネはよく切れるし、頭の方も焼きがきっちり入っていてハンマーで叩いても簡単にはへこまない。こんなに良い道具を機械にだけしか使わないのは勿体ないことだった。使いこなす腕があれば、機械ができないことを人の手はやり遂げる。求めていたものにだんだん近づいて来たぞ。(K)



2021年11月5日金曜日

山上の方舟

今朝『 Mの家族』の絵を眺めていて、これはやっぱり洪水後の世界だなと思った。もし私が舟を作るとしら、木を切り出して来て製材し、組み立てて行くのに都合がいい広くて平坦な場所を選ぶだろうから。あんな高いところでは船大工の足場をつくるのさえ大変だ。だからあの舟は、洪水がすべてを覆い尽くした後、ようやく嵐が止んで、やっと現れた陸地に錨を下ろしたんだよ。今でこそ山のてっぺんだけど、その時は小さな小さな島だったはずなんだ。

みどり生い茂るこの豊かな地上で、人だけが使うことを覚えた火が、森の奥で燃え盛っている。あの家には、とんでもないことが起きたのだ。想像はさらに悪いものを生む。だから昔の人たちは災いが自分らにまで降りかからないように黙っていた。知恵あるものの言葉に耳を傾け、ただ頷くのみ。家の外より、家の内の方が闇が深い。

洪水はまだ治まってはいないのだと、メルヴィルが『白鯨』の中で書いてる。いまだに地球の⅔は水で覆われているじゃないかと。犬が水辺に立っている。凛々しい姿で水を眺めている。

最期の日も散歩に川に出かけたトワン。その視線の先の風景は、きっとこの絵のような場所だろう。ガハクの目の中にトワンが住んでいる。(K)



2021年11月2日火曜日

太陽フレア

 1770年に起きたらしい巨大な太陽フレアのせいで、この日本でもオーロラが見られたという。夜中に空が赤く染まり、天空に向かってまっすぐ伸びる白い光線は、天の川まで届くほどだったと。壮大な光景に遭遇した人たちのドキドキと鳴る心臓の音まで聞こえるようだ。

眠ってしまっている心を、死んでしまった人たちをも呼び起こすような光景。そういう信じられないものを見た時にどうするか?

絵に描いて残してくれた人がいる。記録として書き残してくれた人がいる。事実をそのままくっきりと刻むことが、最もむずかしい。

余計なものをそぎ落とし、陰影をもっと強くして、地球まで届くまっすぐな光を刻もう。(K)



2021年10月30日土曜日

風下の岸の者たち

 安逸な生活を拒否して飛び立つふたりに、祝福あれ!無言の応援も沈黙の呪詛も、もうふたりには届かない。

生き生きとしていたのがいつだったかもう思い出そうにもその記憶さえも曖昧になった者たちが吐き出す言葉には、毒がある。真っ赤に燃える世間。赤と黒。火と炭の色だ。尊厳を保つために傾聴している風を装う者らに真実があるはずがない。

メルヴィルが言いたかったこと、書きたかったこと、伝えたかったことを『白鯨』の中の人物たちが生き生きと現している。意識の革命を起こそうと、呼びかけてくる。風下の岸の者たちよ、さらばじゃ!

ガハクの画室の真ん中に立つと、4枚の描きかけの絵に囲まれて、気持ちが昂ってくる。窓の外は紅葉が始まった山の色。空は秋の薄青だ。今日もパンが焼けたら、自転車で山に出かけるのだろう。(K)



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