ケーキを買ってきて蝋燭に火をつけた。
死んだ人の誕生日。そんなもの祝うのは少しおかしいし未練がましく情けないが未だに意味を持たせたいような気持ちがある。
この人物は彼女に似てると思うから遺影のようにかけてある。
一方でどんな人物像を描いても「これ奥さんですよね」と〇〇の一つ覚えみたいに指摘されると少しイラっとするのも確か。
絵の解釈をしたがる人を嫌いじゃないしあらゆる表現には「理解したい」という欲求を起こさせる何かがあるのも確かだ。聴いたり見たりしたものに心を動かされればそのものについて語り出したいという気持ちにいつもなる。それは自然なことじゃないかと思う。
ただ正当な批評というのは常に難しく納得できるようなものを聞けるのは非常に稀だ。たいてい悪口だったり媚びだったり政治だったり。要するに発言者自身のスペース確保が目的の衝動なんだ。(なんて言ったら意地悪すぎるかな)
そうではなく思想史的に環境的に経験的に身体的に(まあいいや)客観的に語るというような批評を聞いたことがほとんどない。だから黙ってるのを良いことにつまらん批評が横行するんだろう。(別に怒ってるわけでもないよ)
良い批評は良い画家を育てる。
ガハク
