あゝこの女はマリアだ。
今夜分かった!『サクリファイス』に出て来た、あの不思議に寡黙な人だ。華美の対局にある倹しさの美を湛えていた女性だ。燃える家と湖を挟んだ対岸の、古い教会跡に住んでいた。彼女のことを"善い魔女"と密かに呼んでいた郵便配達夫が、主人公のアンドレイに、絶体絶命のこの不幸を回避するための唯一の方法を囁くのだった。
なんでもない人のなんにもない状況が無垢ならば、飢えと乾きを訴え続けるのが欲望だろう。ふたつを並べられたら、どっちを選ぶ?
差し出された瞬間手を伸ばす人がいるけど、最後に余ったものを受け取るしかない人もいる。どっちが良いのか、幸せなのかは最後まで分からない。善い魔女でさえ、そんな瞬間があったなんて、全く知らないようだった。(K)