この山の向こうは切り立った崖だ。ときどき稜線に重機の黄色いアームが見えることもある。この辺りの山は石灰質の地層が広がっているらしい。石灰岩は脆くて砕きやすいのだ。発破で割り、重機で引き剥がし、サイロの中で細かく砕き、コンベアでダンプに載せて首都圏に運ばれてゆく。
でも、30年の間に騒音も埃も随分減った。衰える経済とか沈む日本と危機感を煽るけれど、このアガノ村に関しては、前よりずっと平和になった。コロナのおかげで自治会の簡素化が進んで、無駄な経費は削減され、鬱陶しい付き合いが無くなった。新しい時代は形を変えてやって来るから誰にも予測は付かないのだ。
山の向こう側は西武建材、こっち側は日本鋼管の所有地だ。向こう側は砂利の採掘、こっち側は戦争中には盛んにマンガンを採掘していた。時代の要請と需要に乗っかるようにして自然は壊され利用される。それでも鳥は飛び、リスは梢を渡ってゆく。
ふと思い出した詩のフレーズ、「山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう」調べてみたら、ドイツの詩人の書いたものだそうな。日本の小さな子供にまで覚えられるほど有名になった詩なんだね。山のこっち側で見つける覚悟がなけりゃ、向こうに行ってもきっと見つからないのが『幸せ』というものだ。
今朝はライトバンで山に入った。ガハクが拾い集めてくれた枯れ枝が小山になっていた。二人で30分ほど積み込んで、私はそのままアトリエに向かった。ガハクは新しく作った木刀を持って山に向かった。(K)