今日からガハクの歩行訓練が始まった。「まずあの窓のところへ行ってみましょうか」とリハビリ女史。「ほら、あの山の向こうに見えるのが先日までいらした国際医療センターですよ。あそこは5階が最上階ですが、ここは11階だからよく見えるでしょ。でも向こうからも見えるらしいですよ」
ガハクは「あゝ あそこがそうですか」と静かに眺めていた。 転院する時も救急車で慎重に運ばれたので、病院の構造はもちろん、ゴージャスなホテルのロビーのようなガラス張りの玄関も、広大な庭の景観も一度も見ることもなく出て来たのだった。ガハクにとってそこは、ガーガー耳元で唸る機械音とゴーゴー酸素が流れ込む音に囲まれた恐ろしい場所だった。
廊下の端から端までは50メートル。往復したので100メートルを歩行器につかまりながらゆっくり歩き切った。酸素の数値も安定していたし、苦しくもない様子だった。まっすぐに背中が伸びて姿勢も良かった。背が高く見えるのは痩せたからだな。後で聞けば、ふわふわと空中を歩いているような心許ない感じだったそうだ。25日ぶりに歩いたことになる。
いちばん気になっていたトイレも大、小とも出せたことが嬉しかった。人間というのは、美味しいものを食べて、消化して、排泄できて、元気が漲るんだな。手にピンク色が戻って来た。力が宿って来たという証拠だ。(K)
よく見られている記事
-
久しぶりにガハクが書いている。 新しい年。2022年の今日はもう3日の月曜日。 2020年の冬に僕が重症肺炎で入院してから二人で交代で書いていたものをKだけが記述していた。 去年の30日の午後、いつも二人で行く裏山の頂点に立った時、彼女がうづくまり動けなくなった。僕一人ではとう...
-
ガハクが72日ぶりに筆を取った。どの絵から始めるのだろうと見に行ったら、倒れる直前まで描いていた『Mの家族』だった。しかも踏み台に乗って高いところを描いていた。 また絵が描ける日が来るなんて、しかも今日は日曜日だ、朝の明るい光線の中で描いている 、、、ジーンとする想いに浸...
-
手の指のひとつひとつを磨いては彫り直し、彫り直してはまた磨いて、少しずつ温かな手にしようとしている。この手がうまく彫れたら、顔も同じように優しい形を与えられそうな気がして来た。 今日ガハクは、担当医とその上の大先生と専門医との3人に面談したそうだ。右肺に開いた穴は、ステロイ...
-
今日の午後久しぶりに絵を描いた。 何かをそこに発見して修正したり付け加えたりするという作業。どの絵をその時描くか、直感に従って絵を選ぶ。正面に置いた絵を描きながら、ふと横にある作品に手を加えることもある。 それがボクのいつもの描き方なのだが、今日は闇雲にどうにでもなれとばかり手...
-
スコットのダンスを見ていたら右腕にポツンと水滴が落ちた。あゝこれはよく何もないのにチクっとしたりする例の神経の突発的反射作用だろうと思いながらも当たった所を見た。実際に濡れて光っていた。左手の指で触わると確かに液体の感触が。雨漏り?思わず天井を見上げた。 白い人を見てからもう...