2020年2月26日水曜日

手の力

今日からガハクの歩行訓練が始まった。「まずあの窓のところへ行ってみましょうか」とリハビリ女史。「ほら、あの山の向こうに見えるのが先日までいらした国際医療センターですよ。あそこは5階が最上階ですが、ここは11階だからよく見えるでしょ。でも向こうからも見えるらしいですよ」
ガハクは「あゝ あそこがそうですか」と静かに眺めていた。 転院する時も救急車で慎重に運ばれたので、病院の構造はもちろん、ゴージャスなホテルのロビーのようなガラス張りの玄関も、広大な庭の景観も一度も見ることもなく出て来たのだった。ガハクにとってそこは、ガーガー耳元で唸る機械音とゴーゴー酸素が流れ込む音に囲まれた恐ろしい場所だった。

 廊下の端から端までは50メートル。往復したので100メートルを歩行器につかまりながらゆっくり歩き切った。酸素の数値も安定していたし、苦しくもない様子だった。まっすぐに背中が伸びて姿勢も良かった。背が高く見えるのは痩せたからだな。後で聞けば、ふわふわと空中を歩いているような心許ない感じだったそうだ。25日ぶりに歩いたことになる。

いちばん気になっていたトイレも大、小とも出せたことが嬉しかった。人間というのは、美味しいものを食べて、消化して、排泄できて、元気が漲るんだな。手にピンク色が戻って来た。力が宿って来たという証拠だ。(K)


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