2021年11月16日火曜日

命の樹

ガハクが言うには、『Mの家族』の主題はこの大きな白い樹なのだそうだ。

骨のように白く輝く幹。吸い上げられる水の音。うねうねと空に向かって伸びている枝。高いところでゆっくり揺れる梢。緑の葉の広がりが巨大な日陰を作っている。

あゝきっと森の木々たちは、この白い樹から命をもらっているんだ。川の向こうに立っているあの人たちは何を眺めているんだろう?幽霊のように透き通ったこの白い樹に気が付いているかしら?

この絵には見るものがいっぱいあって、森をかき分けながら進んでいるうちに、白い樹のことをすっかり忘れてしまう。それでも、でーんと聳えて森を護っているのが、命の樹だ。(K)



2021年11月13日土曜日

太陽との交信

 炎だけではこじんまりとまとまってしまうので、炎の周りをぐんぐん抉ってみたら、だいぶ大きくなった。炎の先端から放射する光も彫った。そして熱の広がりの輪もレリーフ状に刻んでみた。彫りながら、樹木のように広がっていく様子が森のようだと思えた。

太陽は熱と光。もし太陽に熱がなければ何も育たない冷たい冬の世界がずっと続く。

ずっと使わないまま放って置いたコンプレッサーとエアービットだが、その先端の部品が手彫りに使えそうだと気が付いた。タンガロイチップが埋め込まれたタガネはよく切れるし、頭の方も焼きがきっちり入っていてハンマーで叩いても簡単にはへこまない。こんなに良い道具を機械にだけしか使わないのは勿体ないことだった。使いこなす腕があれば、機械ができないことを人の手はやり遂げる。求めていたものにだんだん近づいて来たぞ。(K)



2021年11月5日金曜日

山上の方舟

今朝『 Mの家族』の絵を眺めていて、これはやっぱり洪水後の世界だなと思った。もし私が舟を作るとしら、木を切り出して来て製材し、組み立てて行くのに都合がいい広くて平坦な場所を選ぶだろうから。あんな高いところでは船大工の足場をつくるのさえ大変だ。だからあの舟は、洪水がすべてを覆い尽くした後、ようやく嵐が止んで、やっと現れた陸地に錨を下ろしたんだよ。今でこそ山のてっぺんだけど、その時は小さな小さな島だったはずなんだ。

みどり生い茂るこの豊かな地上で、人だけが使うことを覚えた火が、森の奥で燃え盛っている。あの家には、とんでもないことが起きたのだ。想像はさらに悪いものを生む。だから昔の人たちは災いが自分らにまで降りかからないように黙っていた。知恵あるものの言葉に耳を傾け、ただ頷くのみ。家の外より、家の内の方が闇が深い。

洪水はまだ治まってはいないのだと、メルヴィルが『白鯨』の中で書いてる。いまだに地球の⅔は水で覆われているじゃないかと。犬が水辺に立っている。凛々しい姿で水を眺めている。

最期の日も散歩に川に出かけたトワン。その視線の先の風景は、きっとこの絵のような場所だろう。ガハクの目の中にトワンが住んでいる。(K)



2021年11月2日火曜日

太陽フレア

 1770年に起きたらしい巨大な太陽フレアのせいで、この日本でもオーロラが見られたという。夜中に空が赤く染まり、天空に向かってまっすぐ伸びる白い光線は、天の川まで届くほどだったと。壮大な光景に遭遇した人たちのドキドキと鳴る心臓の音まで聞こえるようだ。

眠ってしまっている心を、死んでしまった人たちをも呼び起こすような光景。そういう信じられないものを見た時にどうするか?

絵に描いて残してくれた人がいる。記録として書き残してくれた人がいる。事実をそのままくっきりと刻むことが、最もむずかしい。

余計なものをそぎ落とし、陰影をもっと強くして、地球まで届くまっすぐな光を刻もう。(K)



2021年10月30日土曜日

風下の岸の者たち

 安逸な生活を拒否して飛び立つふたりに、祝福あれ!無言の応援も沈黙の呪詛も、もうふたりには届かない。

生き生きとしていたのがいつだったかもう思い出そうにもその記憶さえも曖昧になった者たちが吐き出す言葉には、毒がある。真っ赤に燃える世間。赤と黒。火と炭の色だ。尊厳を保つために傾聴している風を装う者らに真実があるはずがない。

メルヴィルが言いたかったこと、書きたかったこと、伝えたかったことを『白鯨』の中の人物たちが生き生きと現している。意識の革命を起こそうと、呼びかけてくる。風下の岸の者たちよ、さらばじゃ!

ガハクの画室の真ん中に立つと、4枚の描きかけの絵に囲まれて、気持ちが昂ってくる。窓の外は紅葉が始まった山の色。空は秋の薄青だ。今日もパンが焼けたら、自転車で山に出かけるのだろう。(K)



2021年10月26日火曜日

ウシコロシという木

 石頭(セットウと読む。石を彫る時のハンマーのことだ)の柄に使う木の『ウシコロシ』この庭に植えたのは、たぶん17年前だ。岩手から取り寄せた苗木2本のうち、一本だけ無事に育って、やっと使える太さにまでなった。根元が5センチほどある。2階の屋根に届くほど背が高い。

石を彫る衝撃を和らげるしなやかさと強靭さがある木が、ウシコロシ。怖い名を持つこの木、屠殺に使われたのだろうか?と思っていたら、ガハクが「いや、それは鼻輪のことだよ」と教えてくれた。

木は秋から冬にかけて伐採し乾かしておくと丈夫で長持ちするそうだ。脚立に乗ってちょうど良い太さのところに鋸を当てた。2〜3本取れる長さの1mでカットした。切ってみると、石彫の道具屋に売っているウシコロシとはちょっと違う。店のはもっと赤い木肌と皮をしていたが、うちのこの木は白っぽくて優しい木肌だ。使ってみよう。

ウシコロシ、別名カマツカ。(K)



2021年10月21日木曜日

トワンの目

 トワンは、黒いアイラインがくっきり引かれて、魅力的な目をしていた。眉もスーッと目を引き立てていた。そういう美しさは写真には記録されない。心の奥にあたたかい気持ちが湧き上がった時にだけ現れる。それは生きている姿だ。だからトワンが死ななきゃ、こういう風には彫れなかった。

ガハクが死にそうになったことが何度かあった。その時の怯えを思い出す。オロオロとしたし、元気になってもまたこんなことがあったらどうしようと、独りになる不安から抜け出すのは容易じゃなかったが、今回は違っていた。どっちを選ぶのか、その決断が苦しかった。「(たとえ僕が死んでも)余計なことはしなくてもいいからね」と、ずっと言われていたからね。

「あの時、僕の死を受け容れてくれたから、僕は死ななかったんだよ」とガハクが言う。後先が逆のようだけど、そうなんだ。そういうものなのだ。

今夜もトワンとその彼女を彫った。アイラインはヤスリを上手に使えば綺麗な面が削れることが分かった。いつまでも成長し続けている。腕は上がり続けているようだ。(K)



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