数十年前、自分の絵に迷っていた頃この図に出会ってこれだ!と思った。
*ルナール⦅モルッカ諸島魚類彩色図鑑⦆(1718-19)から転載された図像に驚いた。今まで見たことのない物象を見たときの画家の驚きと感動、そしてそれを伝えようとする熱意がそこにあった。まるで子供のような無垢なものの捉え方が異次元世界の存在を表現している。
赤ん坊が生まれて初めてものを見た時の驚きは、まるで宇宙人が初めて地球上の事物を見た時のような違和感をも伴っている。しかし同時に大きな神秘性を感じ畏敬の念さえ持つに至る。
そんな風にものを描けないかと思うようになった。赤ん坊のような無垢な心、宇宙人のような異次元感で絵に向かえられればと。そんな不可能な目標を常に念頭に置いて絵を描こうとしている。だから知るのを止め見るのを止めればと思ったのだった。益々年齢を経た地球人でしかない画家にとっては到底不可能な領域でしかないのではあるが。
*荒俣宏 世界大博物図鑑②「魚類」より