その絵について語ろうということになれば、例えば主題について構図について色について…あるいはその作品を描くにあたっての心理的な思想的な何ものか、などいくらでも話すことが可能だ。
しかし実際そうしてみると、語れば語るほどその言葉の分量だけ描こうとした衝動や描かれたその絵との一体感(または齟齬感)からどんどん遠のいて行くのを感じる。
その訳は観念が言葉になろうとする時、自意識の網にかかってしまって、手っ取り早くシェアされ易い言葉や既存のイメージにすり替えられてしまうからだと思う。正確にその絵について語ろうとするなら、本当はその絵が組み立てられた時間だけ言葉も一緒に新しく組み立てられる時間を必要とするのだろう。たぶん新しい言葉が生まれるまで待たねばならないのだ。
自然と絵画は本来何の関係もないように、日常生活の言葉と詩はなんの関係もないに違いないのだ。(画)
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