2022年1月11日火曜日

恐怖

面会に行った。ベッドが個室に移っていた。今までよりずっと静かで気持ちがいい。

病人の上にかがみ込んで顔を覗き込んだり、話しかけたり、浮腫んで大きい手を握ったり、額や髪を撫でたりしていると、唯ぐっすり眠っているようにしか見えない。ベッドの脇の椅子に腰掛けて静かに顔を見ていた。

そうか俺はこの人から片時も離れたくないんだな、ここに住めばいいんだと思った。

多くの励ましと慰めを思い出すと感謝の涙が流れる。心が折れそうになるとそれを思い出す。時に四方に深くお辞儀をする。自分の傲慢さが少しずつ削らて行くのだ。

でもいろんな用事が済むと、さて俺は何をしたらいいのかと考えてしまう。勿論分かってる絵を描かねば。しかしアトリエに入るのが実は怖いのだ。絵の前に立っている時間が怖いのだ。絵を描いていると彼女から自分が離れていくようで怖いのだ。

『悲しい、と思ったらその気持ちを俳句にしようとしたらいい、俳句にする為に言葉を選び出した瞬間から悲しみが癒されていく』という漱石の言葉が胸に刻まれている。

絵を描いていた。その瞬間は時空の別の場所にいるように思えた。これは人生の色々な脚色された一部分を演じているのだというような感覚。しかし時々ギクっとして

いまわたくしがそれを夢でないと考へて
あたらしくぎくつとしなければならないほどの
あんまりひどいげんじつなのだ』宮沢賢治

絵の前で慟哭。悲しみと孤独の圧迫感で胸が詰まってくる。気が狂うんじゃなかろうか。でも負けてはならない。狂気につかまるほど俺は利口じゃない。絵を無茶苦茶にしてしまいたいと思って筆を動かしていた。
(ガハク)



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