「今日はずっと樹を描いていた。この絵のテーマは樹だね。方舟でもなくMの家族でもなくて」とガハクが言う。すぐにどの樹のことか分かった。退院してから最初に筆を入れたのがこの樹だった。白をいっぱい混ぜた色でぐいぐい1日ですっかり塗り替えたのだった。
命はどこから湧いて来るのか、死にかけた人が何にすがって生の方へ戻って来れたのか。ガハクの体に何度も奇跡が起こった。木は枝を切り落とされてもまた蘇る。虫に喰われたり病気になったり嵐で倒れたりしても 根こそぎ抜かれない限り、生き返る。
「死は解決にならないんだよ。僕が見たそのままだったら、生きているうちに解決できなかったことは、死んだらもっとややこしくて酷いことになる」と言う。混濁した意識の中で見たものを 今もはっきり覚えているガハクである。(K)