これまで彫った銅版のプレートを眺めて「ぜんぶ彫り直してみようと思う」と言い出したガハク、今夜は早速『マグノリア』を削っていた。一年前のと今日のと、二枚の試し刷りが並んでいる。どっちが新しいか分かるだろうか。淡い陰影から香りを放っている方が今夜の刷りだ。
これまで夏には銅版はやっていなかったのは、版画室にはエアコンがないという理由もあるけれど、細かい作業と集中に夏は向いていない気がしていたのかもしれない。肺炎で70日以上も絵を描くことから遠ざかっていたガハクは、体だけではなく、意識もリセットされたようだ。無意識に習慣化していたことや、思い込んでいたことが再点検された。実際に退院して間のない頃、まだ歩くこともままならない時にやったことは、本棚や机の引き出しや箱の中をぜんぶひっくり返して、要らないものと、これからも使うものと、大事なものとを分類することだった。それをやり遂げてやっと、これから意識を鍛えようという覚悟ができた。
ゲーテがファウストを死の直前まで書き続けていたように、ガハクもずっと描き続けることができるだろう。その為の、新しい魂が吹き込まれた。(K)
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