方舟がすっかり描き直されていた。帆布のようだった屋根が、銅のような光沢を放っている。金属的にしたいのだそうだ。空をうんと狭くして方舟を山の一番高い位置に置いたのは、あそこがアララト山という訳か。この絵は、洪水以前なのか、以後なのか、ずっと気になっていたのだけれど、やっと分かった。船を作るときは何処でもいいんだものね。何処にいようと水は必ず押し寄せて来るんだから。
パレットの掃除をしながらガハクが、「ゆっくりゆっくり良くなっていますというのは、死ぬことはなくなったけれど、どこまで回復できるかは分からないという意味だったんだね」と言う。命が助かるだけじゃダメなんだな。その先の生き方がどうかということが問題なんだ。
混濁した状態から抜け出してやっと話せるようになって最初に言った言葉が、「美味しいものを食べてね」というのと、「もうぞうけいは止めようと思う」というのだった。この二つのことが象徴的にこれからの生き方を示している。ガハクが今夜この二つの意味を話してくれた。
自分のことはまるっきり考えてなかったのだそうだ。この人には元気に生き抜いて行って欲しいという願いで話したことだという。
「見栄やプライドは捨てて、お金が無くなったら生活保護を受けてもいいんだよ。美味しいものを食べて体を作って明るく元気に生きて行きなさい。やりたいことを思いっきりやって行きなさい」というガハクの遺言を今二人で実行している。(K)
よく見られている記事
-
久しぶりにガハクが書いている。 新しい年。2022年の今日はもう3日の月曜日。 2020年の冬に僕が重症肺炎で入院してから二人で交代で書いていたものをKだけが記述していた。 去年の30日の午後、いつも二人で行く裏山の頂点に立った時、彼女がうづくまり動けなくなった。僕一人ではとう...
-
ガハクが72日ぶりに筆を取った。どの絵から始めるのだろうと見に行ったら、倒れる直前まで描いていた『Mの家族』だった。しかも踏み台に乗って高いところを描いていた。 また絵が描ける日が来るなんて、しかも今日は日曜日だ、朝の明るい光線の中で描いている 、、、ジーンとする想いに浸...
-
手の指のひとつひとつを磨いては彫り直し、彫り直してはまた磨いて、少しずつ温かな手にしようとしている。この手がうまく彫れたら、顔も同じように優しい形を与えられそうな気がして来た。 今日ガハクは、担当医とその上の大先生と専門医との3人に面談したそうだ。右肺に開いた穴は、ステロイ...
-
今日の午後久しぶりに絵を描いた。 何かをそこに発見して修正したり付け加えたりするという作業。どの絵をその時描くか、直感に従って絵を選ぶ。正面に置いた絵を描きながら、ふと横にある作品に手を加えることもある。 それがボクのいつもの描き方なのだが、今日は闇雲にどうにでもなれとばかり手...
-
スコットのダンスを見ていたら右腕にポツンと水滴が落ちた。あゝこれはよく何もないのにチクっとしたりする例の神経の突発的反射作用だろうと思いながらも当たった所を見た。実際に濡れて光っていた。左手の指で触わると確かに液体の感触が。雨漏り?思わず天井を見上げた。 白い人を見てからもう...