メガネを外して裸眼で見ると、遠近感が変わる。全体を包み込むような視点が得られるんだ。偶々メガネを忘れて、度が付いていないただのガラスの素通しの作業用メガネをかけて彫った時に気が付いたんだ。デッサンでもそう。克明に隅々まではっきり見えても、はっきり描けるわけじゃない。
鼻の周辺の頬のえぐれをうまく彫れたのが嬉しかった。鼻の穴をヤスリで少しずつ深くするのも、時間さえ気にしなければ愉快な仕事だ。もしこれをデューターでガーッと削り取ったら、こんな形にはならないだろう。認識というのは歪むんだ。歪んだものを少しずつ正して行ってそれでも歪むのが生きている本当の形だ。
ガハクの退院がいよいよ明日か明後日という段階まで来た。先生が治療完了のハンコを押して、あとは家族の都合で決まるものらしい。すぐに迎えに行くからいつでも電話してくれるように頼んでおいた。軽い杖を持って気楽に歩いている姿を見たら、本当に元通りの体に回復して来たのを実感した。先生も「完全回復できます!」と仰ってくださったそうだ。転院した20日前に同じ先生の口からは「お年を考えてください。今のような時代だから皆長生きですけど、昔は人生50年だったのですよ。元通りの体になることを期待しないように」と言われたのだった。
体のこともあるけれど、気持ちが変わった。二人とも朝型になった。11階の病室の窓辺からは、太陽が地平線から昇るのが見えるそうだ。真横から射して来る眩しい☀のことを「僕らの新しい生活の象徴のようではありませんか」と小さな手紙に書いて来た。洗濯するパジャマに包まれていた4枚のメモ用紙の最初のページに太陽の絵といっしょに。(K)
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