前に突き出ていた手を奥の方へと彫り直した。ぱーっと大きく膨らんでいたスカートも、腰に張り付くような薄い布にした。そうやってあちこちいじっていると、だんだんこの彫刻の物語が変化していく。
この女は広い道を歩もうとしているのではなく、後ろを警戒しながら、前を行く人から離れないようにそっと彼の背中に手を当て後ろ向きに歩いている。
二人の目は合わせて四つ、犬の目も入れれば六つになる。道は始まったばかりだ。(K)
前に突き出ていた手を奥の方へと彫り直した。ぱーっと大きく膨らんでいたスカートも、腰に張り付くような薄い布にした。そうやってあちこちいじっていると、だんだんこの彫刻の物語が変化していく。
この女は広い道を歩もうとしているのではなく、後ろを警戒しながら、前を行く人から離れないようにそっと彼の背中に手を当て後ろ向きに歩いている。
二人の目は合わせて四つ、犬の目も入れれば六つになる。道は始まったばかりだ。(K)
これまでガハクは3枚の『赤い街』を描いている。この絵にも、やっぱりスエデンボルグが絵の中にいて、ここでは走っている。宮廷の要職に就いていた頃なんだろう、忙しそうだ。
絵には思想がなけりゃ、そこに物語がなけりゃ、ただの色だ。そんな色遊びは、時空を超えてはとても生き残れないだろう。ポンペイの遺跡が発掘されて、2千年の時を超えて鮮やかに蘇る。火山灰に一瞬にして埋まって消えたかに思えたあの頃の壁画は、人々の日常の生活の無常とは関係なく、命のあるものの姿を美しく伝えている。幻想と実在を取り違えないようにしよう。日々の苦労に潰されてしまうことの無いように、目が曇らされないように心がけている。
画家が善良で無垢ならば、絵の具もテーマも与えられるという。ガハクの様子はそんな風だ。ギターとバイオリンの合奏がやっと一曲できるようになったから、今日から新しい曲に取り掛かった。(K)
30年前の大理石の彫刻『広い道 、狭い道』の続きを彫り始めた。
これは彫り直しではなく、途中で技術的限界とイメージの貧困と迷いが生じたから、そのままに放ってあったのだ。今ならいろんなものをもっと自由に刻めるはずなんだ。
どこから取り掛かろうかとしばらく眺めていたが、まず広い道からいじってみることにした。女の子が道の中央に立っている。周りで飛んだり跳ねたりしているのは、あの頃の夢に出て来た霊たちだ。ピッポパッポ ピッポパッポ と、機械仕掛けの人形のように手足を動かすその様子は、ダンスの練習をしているみたいだった。表現になる以前の退屈で単調で冷たい繰り返し、その名は訓練。広い道を行く人は能力を競わなきゃならないんだ。消耗戦のはじまり。愛とは遠い世界に広い道は続いていく。
月が端に彫ってあった。夜を照らす満月だ。もっとくっきり彫ろう。(K)
『Mの家族』の中でいちばん独立心の強そうな女の人の服が、いつの間にか描き変えられていた。咄嗟に頭に浮かんだのが、『邪馬台国』。あの頃の人だったら、きっとこんな風にキリッとしていたはずだ。今よりずっとチャーミングで、憂いのない意志的な顔をしていただろう。嘘のない顔、外と内が一致した人の立ち姿は美しい。
昨日久しぶりに山の上の小さな神社まで登った。社の中は落ち葉がいっぱい吹き込んでいて、埃もいっぱい溜まっていた。お祓いの榊の小枝でガハクが掃除を始めた。私も裏に回って、柱に絡んだり床を這っている蔦を引っ張った。スルスルと簡単に抜けた。
自然は人間が関わって初めて動き出すというのは本当だ。誰にも見られないで触れる人がいなければ、自然はいつまでも粗野で乱暴なままだ。あっ、人もそうかな?(K)
ガハクが言うには、『Mの家族』の主題はこの大きな白い樹なのだそうだ。
骨のように白く輝く幹。吸い上げられる水の音。うねうねと空に向かって伸びている枝。高いところでゆっくり揺れる梢。緑の葉の広がりが巨大な日陰を作っている。
あゝきっと森の木々たちは、この白い樹から命をもらっているんだ。川の向こうに立っているあの人たちは何を眺めているんだろう?幽霊のように透き通ったこの白い樹に気が付いているかしら?
この絵には見るものがいっぱいあって、森をかき分けながら進んでいるうちに、白い樹のことをすっかり忘れてしまう。それでも、でーんと聳えて森を護っているのが、命の樹だ。(K)
炎だけではこじんまりとまとまってしまうので、炎の周りをぐんぐん抉ってみたら、だいぶ大きくなった。炎の先端から放射する光も彫った。そして熱の広がりの輪もレリーフ状に刻んでみた。彫りながら、樹木のように広がっていく様子が森のようだと思えた。
太陽は熱と光。もし太陽に熱がなければ何も育たない冷たい冬の世界がずっと続く。
ずっと使わないまま放って置いたコンプレッサーとエアービットだが、その先端の部品が手彫りに使えそうだと気が付いた。タンガロイチップが埋め込まれたタガネはよく切れるし、頭の方も焼きがきっちり入っていてハンマーで叩いても簡単にはへこまない。こんなに良い道具を機械にだけしか使わないのは勿体ないことだった。使いこなす腕があれば、機械ができないことを人の手はやり遂げる。求めていたものにだんだん近づいて来たぞ。(K)