2021年8月26日木曜日

彫刻の裏側

 大きな石を立てたまま(最終セッティングの状態)で彫っている。横から、斜め下から、ハンマーを振り下ろす(振り上げる)。機械を使わないからゆっくりだ。一皮剥いては、もう一皮、だんだん形が引き締まって行く。どうしてなのか、いつも裏側の方が形が柔らかくて優雅に見える。何にも気にしてないからだな。人に見られることのないところに自由がある。(K)



2021年8月24日火曜日

オレンジ色の空

毎年お盆の頃になると、遠く離れた故郷を想ってか、いつも寂しかった。そんな時に「女よ、あなたは許された。安心して行きなさい」という言葉を聖書の中に見つけて、幾度となく心の中で反芻していたっけ。罪障感は自分の奥深くまで探訪し、自分で抉り出し、言葉にし得た時、軽くなる。

毎晩寝る前に『冷血』(トルーマン・カポーティ)を読んでいるのだけれど、昨夜遂に殺人者らが捕まった。刑事の尋問への反応が実にうまく書いてあって怖い。でもその後すぐに眠りについても怖い夢や悪い夢を見たことはない。河内十人斬りに題材をとった『告白』(町田康)を読んでいた時もそうだった。優れた表現は悪霊を運んで来るわけじゃないんだな。優しい言葉をつらつらと述べたてた文句に鬱陶しさを感じることがあるのは、そこに潜んでいる目的が悪いからだ。無意識の領域は深く広い。見えないところまで透かして眺められる眼力はないけれど、嗅覚は持っている。だから無事にここまで生きて来れたんだ。

お盆明けの早朝、山も庭も辺り一帯がオレンジ色に輝いた。二階に上がって窓を開けたら大きな虹が見えた。白い人の谷から出てずっと遠くまで。ちょうどアトリエがあった辺りまで伸びていた。(K)


 

2021年8月13日金曜日

還って来た人

「いっしょに登ろうか」とガハクに誘われて二人で山散歩に出かけた。雨はずっと同じ調子で降り続いている。ときどき蝉が目の前をぴゅーんと横切る。枝っきれを振り回しながら歩いているのは、蜘蛛の巣を払っているのだ。

ペダルを漕ぐのに比べたら、全然楽だ。ハアハアするくらいに早足にしてみたが、やっぱり自転車の方がキツいな。三日前にガハクは、この山道を林道の入り口からてっぺんまで、一度も足を付かずに登り切ったそうだ。凄い体力だ。

去年の今頃にガハクは病院通いから解放され『終診』となった。今は体重61kg。筋肉に包まれた脚や腕は丸くて逞しい。もう角材のように四角い骨が浮き立っていた形はどこにもない。

山道を降りながら、今日宅配でガハク号のサドルが届くのを思い出した途端、家に向かって駆け出した。還って来た人の足は軽やかだ♪(K)







2021年8月11日水曜日

コロナ

金魚の尾っぽみたいになったり、フクロウの背中のように膨らんだりしたけれど、だんだん太陽の炎に見えて来た。これも酷暑のおかげだ。やってみるもんだね。想っているものに必ず到達する。

漕ぎ始めたオールから手を離しちゃダメだ。踏み始めたペダルから足を外しちゃおしまいだ。休んでは漕ぎ、また回す。労働の報いは、賞賛でも銭でもなかった。いつも見てくれている人の目がすぐ傍にあるということが力を湧き起こさせる。

存在とは何か?死は虚無とはなんの関係もなかった。意識が何と繋がっているかだけだ。コロナが激しく燃えている。(K)


 

2021年8月4日水曜日

絵の中の子

いつの間にか、この子ずいぶんやんちゃになったなあ。うーうー、きゃんきゃん。この二人の間に、怒り、疑い、試しが入り込む余地はない。

「人間、信頼関係だからさ」とは、私たちが困っていた時に助けてくれた人の言葉だ。その逆は「裏切らないでね」という言葉だろう。割って入って盗んでいく者がよく使うセリフだ。

『告白』(町田康)。昨夜は時間切れになって、今朝、外が熱暑なのを言い訳にして最終章を一気に読み上げた。心の中の心、さらにもっと奥にあるその心の中の心の心というのがある。本当のことを言おうとして探って行くと何度もひっくり返る。

「みんな『純粋』を誤解しているんだよね」と言われたことを思い出した。あなたは純粋過ぎる、使い物にならないということで排除される。それでも壊れなかったものが最後の頼みだ。

「あなたたちには子供はできないと思いますよ」と言われたこともある。そう決まっているんだそうな。善と真理が一つになって初めて生まれるものがある。怯えを知らない怒りを持たない溢れる喜びと楽しさを体現している小さく可愛らしい生き物が絵の中に出て来た。(K)



2021年8月1日日曜日

左右差

 今日は、左手が気持ちよく動いてくれた。休まずずっと彫り続けられた。この庭に仕事場を移して4ヶ月が経って、やっと解体作業の疲れが取れたようだ。

パワステではない私のフォークリフトのハンドル捌きには力が要る。重い石を持ち上げて、狭い場所でぐりぐりハンドルを切るのは、本当にキツかった。時には、右手も加勢しなきゃタイヤが回らないくらいに重かった。

腕を持ち上げてポパイのようなポーズをしては、腕を下ろす動作を繰り返していたら、関節のハマりがしっかりして来た。だんだん左腕が強くなったように感じる。それでも左右差はずっとあるだろう。左は右に永久に追い付かないけれど、右のやることをずっと支え続ける為には、頭を使わなくちゃ、工夫しなくちゃ。

振り下ろすハンマーがノミの真芯に当たる。いつもそこだけは、ピカピカだ。ハンマーの方も、ピカピカだ。(K)



2021年7月27日火曜日

夜の窓

ガハクに「今日は何を描いたの?」と聞いたら、「自画像の窓のところを描き直していた」と言っていたのはこれか。真っ黒な外の闇。クロームイエローのねじれたカーテン。

この絵を見ていると、30年も前に唐突にガハクが言った言葉を思い出す。「世界と繋がるとはどういうことか、僕は分かったんだ」と、天啓のように降りた認識を話してくれた。

深夜のアトリエでキャンバスを前に描いている時に善い霊たちが窓の外から覗いている。明るい画室の白い壁によりかかって、愉快そうに絵を眺めているゴッホやブレイクやデューラーがいる。右後ろのガハクの肩口から一緒に絵をじっと見つめているのは、ガハクの親友の秀太郎さんだ。

昨夜は、画室の窓から満月が見えたそうだ。雲が切れて現れた満月は、マーエダさんだろう。ガハクが『夜間飛行』(前田ただし作曲)のギターパートを毎日練習している。とても難しい曲なんだけれど、もうすぐふたりで合奏できそうだ。(K)



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