2021年1月30日土曜日

白い空に満月

「川と同じように空も白くしようと思う」と、ガハクが予告していた。今夜はその通りになっていた。青かった空が白く塗り変えられている。もう一回塗るそうだから、もっと白く輝く空になるだろう。

あれは月だろうか?昼間に満月ということは、夜は新月ということか。川に網を投げている男をじっと見つめる月。

いつも何かに見られているということを意識せねばならない。誰も見ていないと思うと、人はきっと悪いことをする。自分のやったことは自分だけが知っているけど、自分の中に住む本当の自分には嘘はつけない。(K)



2021年1月29日金曜日

安息日の内意

朝、庭の工房に入ると目の前に『りすの女』が立っている。思ってもいなかった光景だ。これからここで仕事をするのだけれど、昔彫ったものに見つめられても、もう嫌じゃなくなった。いいところもある。

今日は一人でアトリエに出かけた。車に乗り込む前にガハクにハグした。勇気をもらう為だ。壁のコンパネを2本のバールを交互に差し込みながら引き剥がした。壁板も下から一枚ずつ外して、釘も抜いた。長くて綺麗な板は、新しいアトリエの内壁に使おう。

一方ガハクは、庭の工房で不要になった棚をインパクトドライバーで解体していたそうだ。注文しておいたマスクKN95も届いた。これから作業が進んで来たら、業者とコンタクトする機会が増えることを見越して準備したんだ。「街に買い出しに行く時もこれがいいよ」とガハクは慎重である。倒れたあの日からもうすぐ一年になるもんね、気合が入っている。(K)



2021年1月28日木曜日

泳ぐ人

 裸の男が泳いでいる。大きな絵だ。引っ張り出してあるところをみると、また描くつもりのようだ。今のガハクだったら、死の境界を超えた向こうまで続く海を描けるんじゃないかな。

誰かが死ぬと「どうして死んだの?」と皆が言うけれど、九死に一生を得て生還したガハクには「どうして生きてるのだろう?」という問いの方が大きいし、重要なのだそうだ。死んだら死にきりとは思えなくなったと言う。

生命の源泉を探るが如く光の水をかき分けて進むこの男に死は関係ないでしょ。(K)



2021年1月27日水曜日

『りすの女』運び出し

 大理石の『りすの女』をアトリエから外に出した。これをうちのライトバンの荷台にどうやって入れるか、ずっと考えて来たんだ。で、ついに今日ガハクに手伝ってもらって決行した。

ゆっくりと2本の帯で吊るし下ろしている。この後、これを1本に縛り直して、頭から荷台に差し込み、丸太のコロを数本背中に差し込み、コロコロコロと荷台の奥へと押し入れた。完璧だった。二人でやれば何とかなる。何でも出来るということがまた実証された。

庭まで車を入れて、台車に引きずり下ろす時も、コロコロコロと転がしながらゆっくり載せた。庭の工房に立つ『りすの女』を眺めながら、ガハクが「大理石の模様がこんなにあるとは気がつかなかったよ。いいねえ」と言う。

夕暮れにアトリエでトワンを彫っていたら、窓に月が現れた。ガハク出動第一日目無事終了。(K)



2021年1月26日火曜日

無垢が潜む曲

 光が強くなった。苔の色にさえ春を感じる。山の中はけっこう暖かいんだ。

ここはガハクの山散歩のちょうど真ん中辺りで、夏になれば湿地になってクレソンが自生する。サラダの緑に使えそうだ。わさび園にするには水量が足りない。それにカラカラに乾いてしまう年もあるし。向こうの方までスカスカ見渡せるのも春までだ。夏になったら、スカンポと葛とススキが森の隙間を埋め尽くす。人の存在なんてちっぽけだけど、毎日歩いていると溶け込んで、そんなことも考えなくなる。星を見上げて泣くこともなくなる。自分という奴に取り憑かれたらお終いだ。

昼間ガハクのギターに合わせて『白い自転車』をバイオリンで弾いた後、涙が溢れてしまった。この曲を作ったピアソラ自身は、(自分でも言っていたが)スポーツ好きで陽気な人らしい。そんな彼が音楽の中には、熱情や憂いや悲嘆を思いっきりぶち込んでいる。とても頭の中でだけ考えたものとは思えない。

ガハクが言うには、人の中の無意識の領域は広大で、知られないまま放って置かれているということだ。その領域を探索し続けている冒険家が、このような熱くて永遠で死なないものを作って見せてくれる。こんな辛く寂しい時代に孤独に耐えることが出来るのは、そういうメッセージを直に受け取った時だ。(K)



2021年1月25日月曜日

黒は光

いつも トントンと声でノックする。画室に入ったらすぐに、「マーエダさん 負けちゃたのかなあ」と言うので、何に?と聞き返したら、「悪にだよ」とガハクはそれまで考えていたことを一言で示してくれた。誰かに助けを求めることもせず、独りで死に向かうことが出来るものだろうか?昨日亡くなったという。

ガハクはずっと前田ただし氏のことを天才の特質を全てそなえた純粋な人だと言って来た。私はと言うと、彼の訳のわからない発言に触れる度に 疑ったり嫌いになったりしたが、その度にガハクは「複雑なのが天才の特徴なんだよ」と弁護していた。それは彼が亡くなった今も 変わらない。

今夜は久しぶりに『白い旗』に加筆していた。しかも黒ばかりをあちこちに塗っている。「もっと強い黒が欲しい。黒は光なんだよ。光になるくらい強い黒が欲しいんだ。白は闇にもなるからね」と透徹したことを言う。よほど戦友の死が辛いのだ。

石の上にトカゲがいて、ガハクの筆を狙っている。捉えようもないものを食べたがるメフィストのように。ダメだよ!(K)



2021年1月24日日曜日

いよいよ運び出し

明日からガハクに手伝ってもらって大理石の彫刻の運び出しをするので、被せてあったビニール袋を外して埃を払った。蜘蛛の巣や蓑虫が付いていた。もう随分長い間ここでじっと置かれたままだったものねえ。もっと温かくて優しい空間に引っ越しましょうねと、心の中で呟きながら、せっせと細々とした準備に勤しんだ。

うちのライトバンで、この『リスの女』を上手に運べるかが、最大のミッションだ。クルッと半回転させるのはフォークリフトの爪に帯を掛けるときに捻ればいいのは分かっている。その場でゆっくりと横倒しにする方がいいだろう。また立てるのは、新たな場所に移ってからだ。

この後だんだん小さな彫刻を作り始めたのは、個展でもやろうと思ったからだったか?苦しかった頃のテーマだ。子供達に守られて何とか彫り続けていた。子供達からの信頼と月謝で暮らしていたんだ。意識も鍛えられた。子供の言葉は直球だからね。ガハクといっしょに絵を教えることで他人の子らを育てた。あれがなかったら今の意識は持てなかっただろう。(K)



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