2021年1月26日火曜日

無垢が潜む曲

 光が強くなった。苔の色にさえ春を感じる。山の中はけっこう暖かいんだ。

ここはガハクの山散歩のちょうど真ん中辺りで、夏になれば湿地になってクレソンが自生する。サラダの緑に使えそうだ。わさび園にするには水量が足りない。それにカラカラに乾いてしまう年もあるし。向こうの方までスカスカ見渡せるのも春までだ。夏になったら、スカンポと葛とススキが森の隙間を埋め尽くす。人の存在なんてちっぽけだけど、毎日歩いていると溶け込んで、そんなことも考えなくなる。星を見上げて泣くこともなくなる。自分という奴に取り憑かれたらお終いだ。

昼間ガハクのギターに合わせて『白い自転車』をバイオリンで弾いた後、涙が溢れてしまった。この曲を作ったピアソラ自身は、(自分でも言っていたが)スポーツ好きで陽気な人らしい。そんな彼が音楽の中には、熱情や憂いや悲嘆を思いっきりぶち込んでいる。とても頭の中でだけ考えたものとは思えない。

ガハクが言うには、人の中の無意識の領域は広大で、知られないまま放って置かれているということだ。その領域を探索し続けている冒険家が、このような熱くて永遠で死なないものを作って見せてくれる。こんな辛く寂しい時代に孤独に耐えることが出来るのは、そういうメッセージを直に受け取った時だ。(K)



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