2020年2月1日土曜日

美談

風邪のおかげでほとんど仕事ができない。世の中には体調最悪でも意志の力で大きな仕事をしてしまう人がいるのに感心する。天才の中にもおかげでその死を早める原因になったように見えることだってあるのに。とても真似のできないことだ。
明日の山のぞうけいはお休みにさせてもらった。先生の体調で教室を休みにしたのは初めてだ。人が集まることだから先生一人だけがんばるというのではいけない。新型ウィルスの問題が世間を飛び回っている時でもあるし。(画)


2020年1月31日金曜日

意志の力で

今朝2階のカーテンを開けた時に見たガハクの絵の中のあの瞳はほんとうに美しかった。あの時、私にも何かが入ったようだ。ここまで追い詰められて私もやっと澄んだ目が彫れるようになった。意志の力で何処まで行けるだろうか。神よ、どうぞお護りください。(K)


2020年1月30日木曜日

花咲くリンゴの木

しばらく大人しくしていたら我慢ならなくなったらしい。思い切って色を使い筆に弾みをつけるように描いた。ちっぽけな僕のわずかな違和感にこだわるべきではないし、絵具は僕らの友であり味方であって敵ではない。鳥が歌うように絵を描けたとしたら、幼児が紙に色鉛筆で何かを描くような気持ちで描けたら、と夢想してみる。そうだ、パウルクレーはそういう画家だったな。(画)


2020年1月29日水曜日

病気より大変なこと

今夜はね、誰にも見てもらえないし売れるわけでもないし喜んでくれるわけじゃないのにこんなことしていて何になるんだろうと思ってしまったの、とガハクに話したら、「それは病気より大変なことだよ。病気は治せばいいけれどそっちの問題は簡単じゃない。どうするの?」と風邪でゴホゴホ咳をしながら見つめられた。

雪で冷え込んだ夜のアトリエで彫り始めたらそう思ったのだ。そしてすぐに眠気が来た。椅子に座ったまま柱に寄りかかって目を閉じたら寝てしまった。2、30分。目が覚めたら、もうさっきの悪霊はいなくなっていた。尻尾から彫り始めた。

今は、嘘の形を削り落とすだけでいい。本当の形が彫れないから嘘で誤魔化すのだ。洒落た感じ、素敵なニュアンス、最短なやり方、どれも嘘の入り口の置物だ。よく知っている愛しいあの生きている姿を彫りたい。(K)


2020年1月28日火曜日

羊たち

ここ2日イーゼルの前に座っていることさえままならなかった。今夜ようやく熱が下がり集中力も出て仕事できた。夜中にリビングに降りて体温測ったら又グンと上がってた。相変わらず胸は苦しいしどうなってんの?よし明日は治す!

うまく描くと描けないという事を技術の巧拙にそのまま結びつけるのは錯誤でしかない。両者は何の関係もない。始めから技巧に長けた人もいれば訓練で技巧を身につけた人もいる中々技巧が身につかない人もいる。それだけの事だし基準も曖昧そのものだ。上手いのをひけらかすように描いたら下品だし本当の「うまさ」に到達するチャンスを逃している。その反対に本当は下手なのにそう見えないようにわざと下手に描くとなったら最悪だな。自分に不正直なのはどちらにしても良くない。

この子たち羊なの山羊なの?と訊かれて「羊…のつもりだけど」と答えた。(画)


2020年1月27日月曜日

トワンの尻尾

トワンが死んでしまってから彫り直していて驚くのは、今の方が生き生きとした形が思い浮かぶことだ。生きている時と死んでしまってからとでは、見ているものが違うのだろう。彫りたいものが変わったのだろう。生きている時は似せようとしていたけれど、今はただあのトワンを想うだけで自在に彫れる。どう彫ってもトワンになるだろうと思える。愛しい想いってこんなにも自由なものなんだなあ。(K)


2020年1月26日日曜日

風邪ぎみ

何年ぶりだろう風邪をひいたらしい。。絵の前に座ると筆を持つ手が重く眠気が来る。それならと絵具を練ったが力が出ない。ひどくしんどい。それに寒気がする。何だかおかしいと体温を測ったら珍しく熱があった。
昔デッサンを習っていた教師に、熱があるくらいの方が腰が座っていい絵がかけると言われた。本当にそうなのか、それともただ頑張れというだけのことなのか、分からない。僕の体験からすると体調不良でいい絵が描けたことはないように思えるけど。空を悠々と飛び高所から思いきり体全体から出る声で鳴いてみせる鳥のような軽やかさがあればきっといい絵が描ける。
「鳥の歌を理解しようなどとあなたは思いますか?」と絵の意味を尋ねた婦人に答えたピカソも鳥が歌うように絵を描けたのだろうか?人類にそんなことが可能だろうか?(画)

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