2019年2月19日火曜日

陰刻 陽刻

僕の絵の始まりは陰刻だった。暗い地色に明るい色でイメージを描き出す。その方法が今までずっとピッタリきていた。暗い色の絵具は明るい色が踊る舞台だった。技術の問題というより感情的な理由だと思える。これが最近変化して来た。明るい地色に暗い色でも描けるようになった。
きっかけは明るくも暗くも見える青い色を一つ発見したことじゃないかと思っている。
有機物から抽出した青と鉱物の青にチタンの白色を混ぜた強い色のことだ。以前の僕には使えなかっただろう色だ。絵の色の感覚が変わったのだ。
今まで陰刻ばかりだった暗い絵が、陽刻の明るさ直截さを得て大きく変わっていく。(画)

2019年2月18日月曜日

香る人

やっと春の陽射しがうちの庭にもやって来た。4ヶ月もの間ずっと山の影になっていて、トワンが死んでやっぱりこの冬は寂しかった。でも、不思議に地面が温かく、景色も色付いて、彫刻の顔が凛々しく引き締まって来たのは、この苦しい時間を通り抜けたからだ。あたたかい人の微笑み、子供らのハグ、風に乗ってくる不思議な力を得て、いよいよ前に進める。そういう季節がやって来た。(K)


2019年2月17日日曜日

「今日の散歩は川に行ったらいいよ山より暖かいから」
昨日寒い山道で長靴の中の足が冷えたのか今年初めてシモヤケみたいになったと言ったらそう言われた。
でもやっぱり山に行った。山道であちらこちらにトワンを見るしあの子の視線を追体験したりもできる。その視線を借りて風景を見るとそこに描かねばならない絵も浮かんでくる。
タルコフスキーの病室に毎日飛んできた小鳥のことを思い出した。Sの頭の上にも描いてみた。

今夜は風が強い。春の風?絵の中の花も咲けば春だ。トワンのいない春がそこにいる。(画)

2019年2月16日土曜日

月と目が合う

月と目が合うことがある。そういう時は、何とも言えない不思議な気持ちになる。月は澄んだ眼のようだ。そう思ったら月を彫り直す勇気が出た。感情的な月の姿を彫ろう。

海の水は透き通っているから月を映す。静謐で希薄な森の気体。森はもっと奥へ退がらせよう。ピアニストのまわりに留まる光の粉の薄い皮膜。

外に出たら、この冬いちばんの冷え込みのマイナス3度だった。(K)


2019年2月15日金曜日

まなざし

「曲というものは楽譜を書いたらそれで終わりじゃなくて、聴く人がいてその人の心に音楽として響いて初めて曲になるんだということにやっと気づきました」とある作曲家が言っているのを聞いた。
絵も同じことではないか。絵は描かれて終わりではなくその絵を観る人が何かを心に感じた時、初めて絵になる、いや絵が始まると言ってもいい。(芸術がコミュニケーションツールだとか交通手段だとかいうくだらない事を言いたいのではない)
ジャコメッティは晩年に、
「人は眼だ、なぜなら眼にはその人の心が表れているからだ、眼が描ければ人が描けるはずだ」とありふれたような言い方をした。けれどもそれはあの人でなければ言えない非常に重要な認識に到達したという事だったのだ。
人は見る、と同時に見るものから見られている、見るということは見られるということだ、眼差しがそこにある、人や動物に限らず存在するもの全てと。
絵はけっきょく「眼差し」こそを描かねばならないのだ。(画)



2019年2月14日木曜日

やわらかな線

最初は肩から手までのラインをふんわりとさせて翼のようにしようと彫り出したのだったが、翼の先端を少し曲げたら、ひらりと揺れる薄く繊細な手になった。再び腕と手に戻ったわけだけれど、元の形とは違う。やわらかい生きている線だ。こういう不思議なことが起こるのが彫刻だ。そうでなければいつまでも人形か物のまま、意識はずっと同じ場所にいて動かない。

ボイスが『芸術と政治について』の討論会で言った言葉、「負債は払おうじゃないか」が、やっと分かった。作品を売って暮らしていることは負債にこそなれ、決して自慢にはならんのだ。(K)


2019年2月13日水曜日

宗教的感情

いつもの山道を外れ、枯れ葉が堆積した小さな涸れ沢状の斜面を登ってみた。潅木の下をくぐったり岩を巻いたりしながら登ると棚状の広場に出た。目の前に巨大な円筒が3機並んでいた。廃坑跡の遺物だ。これもいずれ絵にしようと思いしげしげと眺めた。
さらにその脇の斜面を登る。この先はどうなっているんだろう?トワンはこういう場所も歩いたに違いないと考えながら。するといつもの山道にひょっこり出た。そうか、そうだよなとその地形に納得しつつ山を降りたのだった。
高校のサイクリング、大学山岳部の山行、マウンテンバイクの峠越え、そして山散歩、今それら全てが一つに繋がった感じがした。
見ているものに見たいものがある、それを絵に描こうとしているのだ。(画)


よく見られている記事