2021年1月27日水曜日

『りすの女』運び出し

 大理石の『りすの女』をアトリエから外に出した。これをうちのライトバンの荷台にどうやって入れるか、ずっと考えて来たんだ。で、ついに今日ガハクに手伝ってもらって決行した。

ゆっくりと2本の帯で吊るし下ろしている。この後、これを1本に縛り直して、頭から荷台に差し込み、丸太のコロを数本背中に差し込み、コロコロコロと荷台の奥へと押し入れた。完璧だった。二人でやれば何とかなる。何でも出来るということがまた実証された。

庭まで車を入れて、台車に引きずり下ろす時も、コロコロコロと転がしながらゆっくり載せた。庭の工房に立つ『りすの女』を眺めながら、ガハクが「大理石の模様がこんなにあるとは気がつかなかったよ。いいねえ」と言う。

夕暮れにアトリエでトワンを彫っていたら、窓に月が現れた。ガハク出動第一日目無事終了。(K)



2021年1月26日火曜日

無垢が潜む曲

 光が強くなった。苔の色にさえ春を感じる。山の中はけっこう暖かいんだ。

ここはガハクの山散歩のちょうど真ん中辺りで、夏になれば湿地になってクレソンが自生する。サラダの緑に使えそうだ。わさび園にするには水量が足りない。それにカラカラに乾いてしまう年もあるし。向こうの方までスカスカ見渡せるのも春までだ。夏になったら、スカンポと葛とススキが森の隙間を埋め尽くす。人の存在なんてちっぽけだけど、毎日歩いていると溶け込んで、そんなことも考えなくなる。星を見上げて泣くこともなくなる。自分という奴に取り憑かれたらお終いだ。

昼間ガハクのギターに合わせて『白い自転車』をバイオリンで弾いた後、涙が溢れてしまった。この曲を作ったピアソラ自身は、(自分でも言っていたが)スポーツ好きで陽気な人らしい。そんな彼が音楽の中には、熱情や憂いや悲嘆を思いっきりぶち込んでいる。とても頭の中でだけ考えたものとは思えない。

ガハクが言うには、人の中の無意識の領域は広大で、知られないまま放って置かれているということだ。その領域を探索し続けている冒険家が、このような熱くて永遠で死なないものを作って見せてくれる。こんな辛く寂しい時代に孤独に耐えることが出来るのは、そういうメッセージを直に受け取った時だ。(K)



2021年1月25日月曜日

黒は光

いつも トントンと声でノックする。画室に入ったらすぐに、「マーエダさん 負けちゃたのかなあ」と言うので、何に?と聞き返したら、「悪にだよ」とガハクはそれまで考えていたことを一言で示してくれた。誰かに助けを求めることもせず、独りで死に向かうことが出来るものだろうか?昨日亡くなったという。

ガハクはずっと前田ただし氏のことを天才の特質を全てそなえた純粋な人だと言って来た。私はと言うと、彼の訳のわからない発言に触れる度に 疑ったり嫌いになったりしたが、その度にガハクは「複雑なのが天才の特徴なんだよ」と弁護していた。それは彼が亡くなった今も 変わらない。

今夜は久しぶりに『白い旗』に加筆していた。しかも黒ばかりをあちこちに塗っている。「もっと強い黒が欲しい。黒は光なんだよ。光になるくらい強い黒が欲しいんだ。白は闇にもなるからね」と透徹したことを言う。よほど戦友の死が辛いのだ。

石の上にトカゲがいて、ガハクの筆を狙っている。捉えようもないものを食べたがるメフィストのように。ダメだよ!(K)



2021年1月24日日曜日

いよいよ運び出し

明日からガハクに手伝ってもらって大理石の彫刻の運び出しをするので、被せてあったビニール袋を外して埃を払った。蜘蛛の巣や蓑虫が付いていた。もう随分長い間ここでじっと置かれたままだったものねえ。もっと温かくて優しい空間に引っ越しましょうねと、心の中で呟きながら、せっせと細々とした準備に勤しんだ。

うちのライトバンで、この『リスの女』を上手に運べるかが、最大のミッションだ。クルッと半回転させるのはフォークリフトの爪に帯を掛けるときに捻ればいいのは分かっている。その場でゆっくりと横倒しにする方がいいだろう。また立てるのは、新たな場所に移ってからだ。

この後だんだん小さな彫刻を作り始めたのは、個展でもやろうと思ったからだったか?苦しかった頃のテーマだ。子供達に守られて何とか彫り続けていた。子供達からの信頼と月謝で暮らしていたんだ。意識も鍛えられた。子供の言葉は直球だからね。ガハクといっしょに絵を教えることで他人の子らを育てた。あれがなかったら今の意識は持てなかっただろう。(K)



2021年1月23日土曜日

最後の試練

ガハクは「こんな綺麗な色が出せるとは思わなかったなあ」と、喜んでいる。描きながら感動すると言うことは、実際にあるんだ。

今日は、丸鋸で切った廃材を紐で束ねた。薪ストーブだけでは処理が間に合わないから、燃えるゴミにも出して行こうという計画。畑の柵やネットの固定に使っていた鉄の棒やアングルも、グラインダーで50cmにカットした。こっちは月一で回収される不燃ゴミに出す。トタン板も50cm角に金切り鋏で切り、四隅を折り曲げておいた。以前、ゴミ処分場に直に搬入した際に、手伝ってくれた係員のオジさんが腕を切っちゃって、申し訳なかった。だから今は、金属物の端っこはバリを落とすか、ガムテープを貼るようにしている。

ぴゅっと血が吹き出たオジさんの腕にマーキュロバンを貼ってあげたら、それまで乱暴な物言いをしていたのに、急に恥ずかしそうに照れていたのが新鮮だった。あの人の住んでいる世界、生きて来た世界を垣間見たように思った。タオルで止血したのをガハクが鮮明に覚えていた。あゝそうだったっけ。もう30年くらい前だ。

6という数字は試練を表す。とすれば、アトリエの土地を借りた36年間は試練に試練を掛け合わせたと言うことになるのね。日々刻々と荷物を運び出していると、一つ一つ重いものが無くなって消えていくのが分かる。軽やかさは、試練と労働の果てに与えられるもののようだ。(K)





2021年1月22日金曜日

白い人の谷にも陽だまり

ガハクが観た動画で、一緒に飼われている犬よりも 猫の方が先にボールを咥えて持って来たと!つまりその猫は、訓練中の犬よりも飼い主を信頼しているから、その意図を読み取っちゃって即反応したのだろう。賢さだったら犬の方が勝るだろうに、猫の情愛ゆえの集中力と遊び心だ。(犬は柴犬でまだ子犬)

今日も自転車に乗った。夕暮れの空に浮かぶ半月を見上げながら、「自転車に乗らなくなったらどうするの?」と聞かれたことを思い出した。ガハクの後ろからゆっくりと自転車の低いギアで漕ぎ登ろうかな。

だいぶ太陽が高くなった。(K)



2021年1月21日木曜日

やさしい胸

アトリエの片付けに追われて、今日も夕暮れの少しの時間しか彫れなかったけれど、トワンの柔らかな胸のうねりが出せた。

机の周りを片付けていたら、犬のデッサンが出て来た。2006年と書いてあるから、どうもトワンのようだけど、ただの犬にしか見えない絵でつまらなかった。トワンという形の中に愛が宿ったのは、もっとずっと後になってからなんだな。いや、トワンが死んでからかもしれない。

トワンを埋めたところにガハクが彫った唯一の石の彫刻が置いてある。デンドロビウムという洋蘭を安山岩で彫ってあって、ボソボソした石の植物なんだ。そのてっぺんにヤシの実のような頭がのぞいていて、つい撫でてしまう。ガハクもそうらしい。昨日は石に向かって、「トワン!ママが帰って来るよ」と言ったそうだ。

37年ぶりにガハクと同じ場所で仕事ができる。その日を楽しみにしながら、アトリエ解体に励んでいる。(K)





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