2020年11月26日木曜日

変わらぬ天使

この人だけは描き変えられずにずっとそのままだ。
こんなにくっきりと余計なものを何も纏わず、曖昧なものを全て排除した姿で描かれているのに、生き物のグロテスクさがない。猥褻じゃない。白く塗ると陶磁器のように冷たくなるのに、この人には尖ったところがなくてあたたかい。
こんなに大きいのにだれも気にしていないようだ。見えていないんだな。見えなけりゃ無いものとするのが大方の人のやり方だ。突然ぶつかったら、さぞびっくりするだろうな。僥倖だと思えないだろうな。この人の眼差しの届く所には、歌がある。(K)


 

2020年11月25日水曜日

根を下ろす

モミジの種子はプロペラみたいな翼を持っていて、風に乗って遠くまで飛ぶ。降りた場所がたまたま岩の上でも、そこに少しの窪みと土があれば、こんなに大きくなる。それに、もう根っこが地面まで届いて岩を抱いているじゃないの!

この木が邪魔だと思う人間が現れない限り、いや、この岩を動かそうとする重機が出動しない限りは、ここにずっと生息し続けて行くだろう。山のあちこちに 小さなモミジの苗が生え出ている。緑一色だった植林の森が、たかだか30年の間にだんだん紅葉樹で色が付いて行くのを眺めている。(K)



2020年11月24日火曜日

桜の老木の台

 どうも彫りにくいので、また元の台に載せ替えた。(高さが低いし、音が響いて煩かったのだ)彫り始めてホッとした。かちっと受け止めてくれる。無駄な音や振動が無いということが、如何に気持ちを楽にさせるか分かった。

この丸太は桜の木だ。すぐ近くの小川の縁に生えていたのだけれど、だいぶ腐って来ているし危ないからと、村の電気屋さんが隣の車屋と相談して、ユニック車で釣り上げてもらいながら伐り倒したんだ。しばらくしたら声がかかった。「邪魔だからストーブの薪にでも使わねえか」と言われれて近くでつぶさに眺めたら、まだしっかりしている。木目が緻密で美しい木だ。石の作業台が二つもできた。こうやって、もう20年以上使っている。(K)



2020年11月23日月曜日

木刀の行方

 作ったばかりの木刀が、二日目にして失くなった。林道脇のガードレールに立て掛けておいたのに、どこを探しても見つからない。木刀と言っても、山で拾った杉の枝だ。曲がり具合が良いのを 使いやすい長さに切ってヤスリを軽く当てただけの何の変哲もない棒を わざわざ持って行く奴がいるだろうか?

そこで思い出した!近くの駅に続く道の傍には、ハイカーが置いていった棒が何本も立て掛けてある。邪魔でもないし、誰も片付けないからそのままだ。置いて行った人は、次の人に「どうぞ使ってください」という気持ちかもしれない。ガハクの木刀2号もそんな風に、どこかの駅の近くに放置されてるのかもしれないな。

残念だけど仕方がないので、木刀1号を再び復活させたガハク。折れた箇所をボンドで補修して、タコ糸でガッチリ巻いた。「今日はガードレールの後ろの目立たない所に横倒しに置いて来た」と言う。木刀というのは、そもそも地面に突き刺したり立てたりはしないものなのだそうな。刀と同じ扱いをしてこそ技が身につくというのだ。なるほどと感心した。鋭い刃先を天にも地にも向けずに、そっと横に倒して静かに置く。『抜いた時は死ぬ時』という極意通りだ。(K)





2020年11月22日日曜日

変容する赤い街

今朝ガハクが、「『赤い街』も描き直そうと思う」と言い出した。去年デナリでやったKとガハク展のメインに据えた絵だ。すでに発表した作品なのに平気で描き変えるのねと言うと、「そんなもんじゃないって分かったからさ」とキッパリとした様子だ。

芸術の純粋が伝わる為には成熟した場が必要なのだと分かった。そういう環境が整うなんてことが、本当にあるかどうかも怪しいもんだ。試練を経て、ガハクは変わった。生まれ変わったに等しいほど、この人は強くなった。

黒い服を着た人は、スエデンボルグだそうだ。彼の後ろから大きな天使が付いてゆく。まだ霊眼が開かれていない彼は、今日も忙しそうだ。(K)







 

2020年11月21日土曜日

背中の表情

こんなに背中を彫るのが面白いとは、今まで知らなかった。背後、裏側、見えない部分、目立たないところにも 思いっきり時間をかけられるというのは、なんと幸せなことか!それに、広い作業台に載せ替えたのも良かった。部屋の中央に移動したら光も自然になった。夏はこの場所だと天窓からの熱気がモロに当たって辛いのだ。

冬に向かうこの季節の太陽は、大理石に美しい陰影を落とす。(K)



2020年11月20日金曜日

『サクリファイス』

やっと映画『サクリファイス』を観た。立ったままで話す人たちの重苦しい会話がいつまでも続くので、これは堪らんなあと思いながら、目を離せずにいた。「これを見ても何も変わらないなんておかしいよ。僕はタルコフスキーのストーカーを見て変わったもの」とガハクが言うくらい、彼の美意識とガハクのそれは一致する。「ダビンチよりピエロ・デラ・フランチェスカの方がいい」と映画の中で郵便配達夫のオットーに言わせていた。

うちのパソコンの背景画像がウラジミールの聖母で、タルコフスキーの部屋にも同じ絵の複製が額に入れて掛かっていたのに気が付いた時はとても驚いた。人が人に繋がるときは、わざわざこっちから出かけて行かなくても、向こうからやって来るんだなあ。

「皆死を怖れているけれど、そんなものはない」と主人公の言う台詞は、何度もガハクの口から聞いた。死の恐怖を前にしてじっと佇むより、毎日水をやる、毎日絵を描く、毎日石を彫る、そういうことが木を生き返らせ育てることになるんだ。(K)





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