2020年2月22日土曜日

37.4kg

今日ガハクの体重測定があった。大きな天秤みたいなものをゴロゴロ転がしながら看護師が6人ぐらいでやって来た。青い厚い布を体の下に敷き、両端の耳のところに長い金属棒を差し込んだ。フックを4箇所に引っ掛けて、グイーンと引き揚げられて体が浮いていくのが廊下からも見えた。あとで測定値を聞いたら、なんと37.4kgだったそうだ。シーンと鎮まってしまう気持ちを奮い立たせた。「もうこれ以上悪くなることはないよ」とガハクが言う。そうだよね、昨日より元気だもの。酸素を昨日も今朝も減らせているし。

今日は私がリハビリやマッサージをやってあげた。ジャンケンもした。ガハクの手の力が最初に戻った。指が柔らかく器用に動くようになった。「もう鉛筆は持って返っていいよ。ボールペンを置いといて!」と言われた。ギターはすぐにも弾けそうだ。

モニターの数値がどれも良かった。順調に回復している。 連休明けから本格的にリハビリや飲食のトレーニングが始まるそうだ。ガハクの楽しい復活を眺めていこう。(K)


2020年2月21日金曜日

トワンに似てる

ガハクにデジカメの液晶画面を見せるのが日課になっている。しっかり食べてるよという証拠写真を見せたくて始めたのだけれど、今日はこの横顔を見て「トワンに似てる」と言われた。トワンはガハクに性格が似ているとは思ってはいたけれど、横顔まで似ていたとは知らなかった。

今日は口元を慎重に時間をかけて整えた。上唇がすーっと内側に入りながら、下唇を押さえ込むようにして触れるのが特徴で、この静かな面の傾斜を彫るのに苦労した。なんとか思うような形になった。でもまだ顎がダメだ。成り行きで作られたものの形は粗野で冷たくて硬い。もう少ししたら見えてくるだろう。時間が動き始めたから、大丈夫。

ガハクは今日やっと転院して、大学病院の呼吸器科に移った。そこで精細なデータを元に本格的治療が始まる。多臓器疾患も伴った肺炎だったそうで、これからはステロイドの投与がなされるという。肝臓と腎臓だ。今度は6人部屋で、ピンクのカーテンに包まれたガハクのベッドは真ん中にある。雰囲気も明るくて、そこに入った途端、酸素の数値がぐんぐん良くなって、99を出していたのも分かる気がした。このまま順調にいけば、2〜3週間で退院して自宅に帰れるそうだ。ガハク目を丸くして「え、そんなに早く退院できるの!」と喜んでいた。その明るい笑顔が今日の最大のご褒美。

帰りはすっかり遅くなってしまったけれど、山に沈むオレンジ色の太陽を眺めながらハンドルを握った。なにか歌っていたように思う。(K)


2020年2月20日木曜日

『読書』という絵

2階に上がる階段の途中にこの絵がかけてある。絵の中の犬はトワンではなくて、その前に飼っていた犬だ。夏休みの頃にこの辺りをウロウロ放浪していたのを飼うことにしたのだった。お腹に子犬を4匹身篭っているとは知らずに。でもやがて生まれた子犬達は皆もらわれて行った。案ずるより産むが易しだ。犬に学んで自分たちも子供が欲しいと思ったけれど、その頃には年齢のせいもあって、その内に諦めた。だからこの小さなキッチンには思い出がいっぱい詰まっている。感情の起伏が激しい人の読書って、果たして道を違わず進むのに役に立ったのか、今でも疑問だ。苦しかった日々なのにこんなに優しく温かい光に包まれて描いてある。

この絵からどのくらい経ったのだろう?2匹の犬の寿命を足せば26年だから、20年以上前だ。

今日は病院の帰りに街に出て、ガハクのパジャマを2着買った。星空に犬が散歩をしているような模様が気に入って、これなら快癒に加速がかかる気がして、同じ柄の色違いにした。グレーと藍色だ。パジャマなんか買うのは初めてだ。自分で縫ったり、誰かにもらったり、リサイクルショップで手に入れたりしたのをずっと使って来たが、もうケチなことをやってはいられない。

「拾った命と言うけれど、こういうのを言うんだねえ。拾ったからにはもうおめおめとは失くさないぞ。だから、もう片付けのことやらお金のこと、ましてや成功とか栄誉の一欠片だって持っちゃだめなんだよ。刻一刻が大切なものなんだ。何物にも替えがたいこれからの生のことを考えよう」とガハクは言う。

明日いよいよ転院して、専門の呼吸器科での治療が始まる。ガハクの状態はとてもいい。早めに出かけよう。(K)



2020年2月19日水曜日

目は心の灯火

危機を脱してうっすらと目が開いた時のことを決して忘れないだろう。今またガハクと視線を合わせている。瞼の線を少し変えるだけで、光が変わる。優しさが宿る。そういうのを彫るのが彫刻なんだな。それが分かったから、トワンの目も彫り直せる。あれもこれもみんな目を彫り直してやりたいが、まあどうでもいいんだ。このひとつがまず出来れば、次はまたあれをと浮かんでくるものだから。あと10年またガハクとやれる気がしている。素晴らしい日がやって来た。あの日怯えて夜明けを独りで待っていた救急センターの暖房が効いた廊下のソファがあって今がある。超えねばならぬ時をじっと耐えて今がある。

ガハクが「今日やっと安心できた」とぽつっと呟いた。昨日は私が安心したのだけど、当人はまだ不安だったんだなあ。気を引き締めてこの続きを生きよう。

明後日ついに救急の医療センターを退院して、大学病院の呼吸器科へ転院することになった。20日間よく耐えたガハクの目は意識の混濁から脱して澄み切っている。白目がとっても綺麗なんだ。(K)


2020年2月18日火曜日

トワンとガハク

大好きなものを彫っている時は笑っていることが分かった。意識したことはなかったのだけど、ガハクに言われたこと「Kはツイッターやってる時はいつも笑っているけれど、石を彫っている時もそうなの?」というのを思い出してふと、今笑っていたなと自覚できたのだった。トワンの目を思い切ってえぐって視線を強くしている。この方が生きているトワンのようだ。鼻の穴も大きくしたら、ふんふん鼻息が聞こえるようだ。

今日のガハクは、半身起こしたベッドの上で首をまっすぐにして、眼鏡をかけた姿で待っていてくれた。今までの不安がいっぺんに吹っ飛んだ。スポイドで口に含ませてみようかと思ってそっとバックに入れて持っていったヤクルトのことを「ヤクルトみたいなものだって全部このチューブから摂れているんだよ。心配しなくても大丈夫」って笑われた。このまま衰弱して餓死するんじゃないかと、昨夜は突然不安に襲われたことを話したら、「そんなことはあり得ないみたいだよ」とのこと。

先生にこれからのイメージについて聞いたそうだ。酸素の濃度をだんだん下げて行っているから、自己呼吸する肺の力が戻って来るのを待っている状態だとのこと。そして、点滴の針を刺しながら、「太くてしっかりした動脈だなあ、この2本とも」と感心された。確かにトワンとガハクの体は優秀だ。ピンと張り詰めた緊張と瞬発力、それを支える無駄のない筋肉、体の内と外のコンビネーションが形に出ている。

だから、トワンとガハクを石に彫っている時はやっぱり笑っているのだろう。愉快なもの、自分を励まし、元気付けてくれるものは、大好きなものの中にある。(K)


2020年2月17日月曜日

胸の浄化

ICU区画は広くて、緊急な人たちのベッドが並ぶ場所と、病状の安定した状態の人たちのベッドが並んでいる場所とがある。集中治療室から離れるに従って、医療スタッフの数と機械類とパソコンやモニター類の数がだんだん減っていく。緊迫感も当然薄くリラックスした空間となる。ガハクが引っ越したエリアでは小さな音でオルゴールのメロディーが流れていたりする。

ガハクは今日はさらにICUから遠のいて隅っこの静かな区域に移動させられていた。周りのベッドには管を口に突っ込んでいる人はいなかった。看護師の声に応えてもぞもぞ動いている人もいた。

ガハクは昨夜は初めて熟睡できたとのこと。先生にストレートに聞いたのだそうな。「僕はこれからどうなって行くのでしょうか?」って。作戦としては、酸素がだいぶ減らせているので、これから抵抗力が戻ってくるまで無理をしないようにやって行くのだそうだ。「じゃ無理に体を動かそうとしなくてもいいんですね」との質問には、無理はしてはいけませんとのこと。

 ガハクは近々個室に移される予定だという。そこはICUエリア内の個室空間なので、差額ベッド代は要らないのだそうな。助かる。安らかな眠りがいちばんの薬だ。

胸の天使がくっきりと際立って来た。(K)


2020年2月16日日曜日

福寿草が咲いたよ

ガハクに見せようと庭の福寿草を撮ったのだけど、私が焼いたパンの写真の方が気に入ったらしくてじっと見入っていた。いつもの匂い、いつもの味、いつもの色と形がパンにはあるんだな。週に3回もパンを焼いてくれていたのだものねえ。

日曜日は病院も静かだ。駐車場も空いているし、ロビーにもあまり人がいない。今日で15日目。昨夜はとても楽だったそうだ。睡眠剤をもらって寝たという。それでもときどき起きるらしいから、軽い薬なのだろうか。息も整って来たので、淀みなく話せるようになった。会話として互いにポンポン言葉を交わしたのは今日が初めてかもしれない。

リハビリは少しやっただけで、あまり厳しくはなかったそうだ。のんびりとしたものらしい。担当する人によってやり方がずいぶん違っている。一昨日の人は、肩を揉んだりいろいろやってくれたそうだ。「僕はアナログな人間なので、本当はこういうことを患者さんにやってあげたいんですけどね」と言いながら。

じっとしていると血行が悪くなるエコノミー症候群を防止するために特殊なハイソックスを履かせられていた。親指と人差し指の間に穴が開いているのが特徴で、厚手のストッキングのような生地でできている。ベッドの上で立て膝をついた脚を横にパタッと倒して見せて、「ほら、こんなに柔らかく動かせるようになったよ」とガハク。確かに動作が軽やかだ。疲れるほどリハビリをやらなくても、痛いところが無くなればだんだん活動的になって行くものなのだろう。プロを信頼して焦らず見守っていこう。

毎日の仕事、いつもの暮らしをすることが、ガハクの活力を呼び覚ますことになると信じてやって行こう。それが悪い想念に捕まらないための知恵だ。(K)


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