2020年4月25日土曜日

トワンの運動場

ここはトワンがよく走っていた場所だ。なだらかなので、ここでなら私もMTBでウィーリーができた。ほんの5〜6mだけれど、ふわっと前輪が浮き上がった時の高揚感は今も覚えている。ほんの10年前のことだ。今はガハクが毎朝ここまで登っている。

登りは、もう杖は要らない。でも、降る時にときどき滑ってしまうことがあるようだ。そんな時にぐっと耐えられる腰の筋力がまだ足りない。実際一昨日は、おでこに血を滲ませて帰って来たので、昨日からヘルメットを被ってもらっている。それに誰もいない山の中とは言え、たまに物好きの散策者に遭遇するから、そんな時にヘルメット姿は怪しまれないんじゃないかと思って。

赤いヘルメットを被ってヤッケを着ていると調査隊みたいだと言うと「何の?」とガハクが問う。鉱物調査、賢治もやっていた石をコツコツ叩いて回って地質を調べるお仕事。

野原に突き刺さった杖が、ライフル銃のように見える写真だな。(K)


2020年4月24日金曜日

クリムゾン

画室を覗いたら、今夜は絵具を練っていた。クリムゾンレーキとチタニウムホワイトの顔料にオイルを垂らしている。最近は原色だけじゃなくて、独自のアレンジでオリジナル絵具を作っている。

大きな絵を描くのに脚立の上り下りさえ疲れるのに、絵具練りなんてまだ出来ないだろうと思っていたけど、聞けば三日前から練っているそうだ。そりゃそうか。絵具が無くなったからって他の色で描いちゃうほどガハクは自堕落じゃない。パレットに残った絵具が勿体ないからって、画面に塗り付けて終わりにするほど野放途でもない。

この三日間で作った絵具は、ジスアゾイエロー、カドミウムイエロー、バーントアンバー、ローアンバー、カドミウムレッドパープル、コバルトブルー、オリエンタルブルー、チタニウム白の混合色、そして今夜のクリムゾンレーキのピンク。絵具を詰める為の鉛の空チューブも売っているそうだが、ガハクはラップで細長く包んでチューブ代わりにしている。ガハクの自作絵具が並んだキャビネットの引き出しは、いつ見ても爽快だ。

夕食後、自分で体重計にそそくさと乗ったガハク。「ほら、やっぱり増えている!あれだけ食べてりゃ」と、今夜は自信があったらしい。ついに52kgまで来た♪(K)


2020年4月23日木曜日

垂線

後ろ髪が適当に流れていたのをまっすぐに彫り直したら、まわりのアトリエの空間に垂直が意識された。彫刻の中の垂線と空間が一致した瞬間である。

石の中で完結できないものが、周りと融和できるはずがない。ギクシャクしたものは内側も外側も周りをも巻き込んで混沌としている。内なる革命が先行するというのは、そういう訳だ。

アトリエの隣人から迫害と孤立の辛さを聞かされた後に、いろんなことが思い出されて憤りが再燃したけれど、今日はその人は留守のようだったので安心して石が彫れた。どんな内容であれこの世のこととは私は関係がないようだ。

人は人と響き合う共鳴箱だ。霊の作用から一瞬にして遠ざかることができるのが、芸術だ。 『怪物』とは霊界を踊る情念という汚物の沼に繰り広げられる争奪戦のことだ。(K)


2020年4月22日水曜日

結果を恐るな

画室を覗いたら、一気に地面の色が塗り替えられていて驚いた。
 パレットを拭きながら、
「ゆっくりゆっくりやればいいんだ。結果を恐るな」と呟いている。
「絵を描くことがこんなに疲れるなんて知らなかったよ」と、まだ半分の体力しか戻っていないのに気持ちばかりが焦ってしまうのを落ち着かせようとしているガハクは、夜も絵を描くようになって三日目だ。

ガハクは、朝起きると2階のカーテンを開けて回る。朝の散歩と午後の散歩が日課になった。昼の光の中でも絵を描くようになった。

朝出来なかったことが、夜出来るようになるのを見ると感動する。リハビリというのは、すごいもんだ。ハアハアするくらいの運動でないと、筋肉は付かないのだそうだ。

椅子から スッと立ち上がる動作が、夜になったら出来た。エキスパンダのバネが増えただけでなく、やる度にその回数が増えて行く。限界というのはどこにあるのだろう。自分で限界をつけなければ、ゆっくりゆっくりやって行けば、やがていつかは届くということだ。

どこまでも一緒に行こうね♪(K)


2020年4月21日火曜日

どんづまり

ここからもう少し行ったところにエデンの門がある。鉄製の頑丈な門にはいつも真鍮の鍵がかかっている。門の脇から小道が上までずっと続いている。動物たちとガハクとトワンが作った踏み跡だ。

林道は去年の豪雨ですっかり削られて殺伐たる風景になってしまって、おかげで打ち捨てられた車への嫌悪もすっかり消えてしまった。割れたのか破られたのか、窓ガラスも今はすっかり無くなって、幾度もの風雨に中も外も洗われて辺りに馴染んでいる。前より綺麗になった気がするくらいだ。

この車に乗っていた人を知っている。アトリエの近所にこの車がときどき停まっているのを見かけたからだ。引っ詰めの髪に化粧っ気なしの女性だった。生協の共同購入をしているようだったけれど。その車が突然裏山の林道に放置され、しかもナンバーは外されていて驚いた。それからは彼女を見かけなくなった。

もう少し行けばエデンなのに、人はいつもここでゴミを捨て、唾を吐き掛け、引き返す。(K)


2020年4月20日月曜日

メジロの挨拶

窓辺にいたガハクに向かって、メジロがホバーリングしながら見つめ返した。バラの茂みからパッと飛び出して、ガラス越しにじっと見つめられた時の幸せの図である。 ときどきガハクにはこういう僥倖が起こる。褒められもせず苦にもされない人だからだろう。

メジロの目は狡猾そうだけど、仕草は可愛い。いつも2羽の番でやって来る。こんなに毎日小鳥がやって来るんじゃ、バラにいくら虫が付いてもしばらくは殺虫剤の散布はできないな。

今朝は小豆を煮てあんこを作った。パンも練って出かけたら、夕方には焼き上がっていた。パン練りは私、焼くのはガハクというペースが定着して来た。夜、パンにバターをたっぷり塗ってあんこを載せて食べた。最高に美味しかった♪(K)


2020年4月19日日曜日

還って来た人

夜になって再び二階に上がって行ったガハク。なかなか降りて来ない。そろそろ寝る時間なので覗きに行ったら、ちょうどパレットを掃除しているところだった。

「もう終わりにするよ」と、クリーナーを垂らしては、布で何度も繰り返し丁寧に拭っている。このパレットは、あの倒れた日の二日前、最後に描いたままで片付ける体力もなくて、絵具が付いたままで6週間放置されていたんだ。今は、またピカピカに光っている。

ホームページを見たら、タイトルが変わっていた。背景も白になっている。散歩と絵の合間にやってくれたんだ。まだ体力は半分しか戻ってないのに。

「一切の過去を捨てよ」とガハクは言う。戦中にレッドパージで獄中死したジャーナリストが妻に遺した言葉だ。でも、ガハクは生きて還って来た。

この絵は、生まれ変わる。うんと鮮やかな綺麗な色の絵がもうすぐ現れる。(K)


よく見られている記事