2021年3月27日土曜日

夜の版画室

 庭にいたら、いい匂いが漂って来た。うちは土曜日にパンを焼く。

ガハクに石を動かすのを手伝ってもらっていると、タイマーがピピピピと鳴った。オーブンの中のパン型をくるりと半回転させる為にしばし中断。そうしてやると、焼き色が均一になる。

パンはでっかくて、こんがり狐色のが楽しい。なので、今日は大きめパン型を新たに注文した。スチール製が一番使い易いようだ。まず、使う前にから焼きをする。それと、決して洗ってはいけない。毎回ただ拭いておくだけ。そうすると、スルッとパンが抜ける。

今夜は丸い朧月が出ている。明日は遅くなって雨という予報だ。ガハクの版画室に乾燥棚が加わった。(K)



2021年3月26日金曜日

アマリリスが咲いた日

夜になってアマリリスが咲いているのに気が付いた。 部屋の中に入れて眺めている。三位一体とはアマリリスのことか、一本の茎から仲良く出ている。

この鉢をくれた人は、ガハクの親友の母上だ。もう亡くなって久しい。なかなか増やせないのがアマリリス。やっと二つ目の球根が大きくなって来た。

製材所でガハクと材木を抱えてあっちこっちせっせと運んで歩き回っている間に、暖かい太陽の光を浴びてゆっくり開いていたのかと思うと、今日咲いたのは偶然ではないと思える。その時、私たちは、山の斜面に衝立のように立ち上がっている杉と檜の緑を眺めながら、清々しいスフィアに包まれていたんだ。(K)



2021年3月25日木曜日

お正月みたいな日

 足の踏み場もなかった彫刻室が、やっと片付いた。今朝ガハクに「今日はKのお正月だね」と言われたのだった。

夜になって、すっきりとした床でチェーンソーの掃除をした。製材所の社長に「明日チェーンソー持って来てね」と言われたんだ。目立ての仕方を教えてもらう。

チェーンの隙間から中を除いたら、おが屑だけじゃなくて、リュウノヒゲや棕櫚の繊維が巻き付いていた。こんなの見せたら呆れられてしまう。恥ずかしいじゃないかと、せっせと割り箸の先を突っ込んでゴミを掻き出して綺麗にした。

労働の面白さが湧いてくるのは、互いの快活さとチームワークなんだな。今日の製材所での8時間労働はキツかったけれど、アトリエ解体作業で鍛えた体は平気だった。何事もなく無事に終わった。明日も気合を入れてやる。おにぎりを朝と昼の分8個作っておいた。だから寝坊しても大丈夫♪(K)



2021年3月24日水曜日

" おいでください "

「 彫っただけでまだ一度も刷っていない」と言う。ずっと、ただ彫り続けていただけなのか。

原板を彫りながら反転した絵をイメージできるようになれば、刷りの意味は変わってくる。インクの濃淡が生み出す空間性を見たくなるまでは、一々試し刷りをする必要はないのだ。刷りの面白さは彫りの先にある。彫りが甘いものを刷りではカバーできない。彫りと刷りでは、それぞれが得意とする領域があるようだ。

大きな目で瞬きもせずじっとこちらを見つめて来るこの人たちは、「あなたは私たちのシュゾクです」と言ったそうだ。確かにガハクの目は大きい。王子は、「おいでください」と言う為だけにやって来た。

明日はガハクと二人で朝から製材所に手伝いに行く。アルバイトだ。ちゃんと日当を払うと社長が言っているから、気合を入れて弁当と朝食のサンドイッチを夜のうちに作っておいた。これで寝坊しても慌てないで済む。

今回のアトリエ解体に乗り込むように助けてくれた恩人だもの。1週間前に石の運び出しをやり終えた後ガハクが、「この御恩は決して忘れません」と言うのを横で感動を持って聞いていた。だから、今朝ケイタイで「明日手伝ってくれるかな?」と言われた時、間髪入れずに、「はい行きます!」と言ったんだ。(K)



2021年3月23日火曜日

トワンのアドバイス

 トワンのお墓のすぐ横にフォークリフトの駐車スペースを作ろうとしたのだけれど、ずぶずぶにハマって動けなくなってしまった。箱ジャッキで車体を持ち上げて、道板をタイヤの下に差し込んでやっと脱出したのが⇩の写真。

トワンが「ここはやめて!」と言ったのかと思ったが、確かにここは狭いし、広いところに置いていつでも使えるようにした方がいいんだと納得。

宅配で届いたばかりの真新しいUVカットの厚手のシートをすっぽり被せた。今度のはグレーっぽいシルバーだから、ブルーシートよりもうんと見栄えがいい。夜になってシートのかけ方を変えた。アームと爪の部分をしっかり覆うように掛け直した。星空の下、小さな庭に小さなフォークリフト。

今日は廃材処理業者のユニック車に最後まで残っていた廃材を積み込んでもらって、完全にアトリエ撤収が終了した。地主さんもやって来て、前払いしてあった地代も返してもらった。半年から一年の間にと言われた猶予期間をわずか3ヶ月でやり遂げた。

ガハクを久しぶりに見た知人が、その逞しい変身ぶりに驚いていたそうだ。アーティストの魅力いっぱいなんだってさ♪人は美しいより可愛い方がいい。美は善に包まれ、守られ、動き出す。(K)



2021年3月22日月曜日

内なる人

 内なる人が覚醒すると、こうなるんだ。それはもう一人の私ではない。預かったもう一人、あるいは、与えられたもう一人だ。大事にするもしないも、その存在を知ることすら稀有なことだ。知ったからには引き受けるしかないでしょ。

昨日と今日は、ガハクはずっと版画室に籠っていた。私は裏庭でスコップと熊手とジョレンを使って、フォークリフトの周りを埋め立てていたんだ。地盤が緩いところには、石ころが混ざった山の土を入れながら。

ずっと絵を描いて行くのも、死ぬまで好きなことをやれるのも、内なる人がいればこそだ。熱意はそこから湧いて来るんだから。目的によって人は知られる。何のためにそれをやるのか?何でそれを言うのか?無意識の闇を照らせ!(K)



春の雨

今日からガハクはアトリエの引っ越し作業から解放されて、画家に戻った。小糠雨と霧に包まれた山道を登りながら懐かしく思うのは、生還して季節が一年巡ったという感慨があるからだろう。

記録を見たら、退院後20日経ってやっと散歩に出ている。すぐには歩けなかったし、立ち上がることだってやっとだった。それが1日1日ゆっくりだが、ダイナミックに回復して行くのを見ているのは感動的だった。

トワンが雪の日に猪を深追いして帰って来なくなったことがある。5日後、山の向こうの村で発見して無事に連れ帰ったのも、「3月14日だったよ!」とガハクがノートに書き込んだ日記を見て、偶然の一致に少し興奮して言う。

今日は一日中雨が降って、びしょびしょの水たまりだらけの庭を歩きながら思った。この3ヶ月ほとんど雨も降らず、雪も積もらず、晴れが続いたなあと、とても偶然とは思えないなあと、ありがたく思った。もうこれは僥倖としか思えない。

蝋燭工場だった建物が、子供に絵を教える教室になり、今アトリエに生まれ変わろうとしている。一つ一つ道具を置いて使い易くしている。片付けも面白い仕事だ。(K)



2021年3月21日日曜日

白く輝くトワン

 しっとりとした空間、濃密なスフィア、月に照らされた馬。ガハクには、こういう絵が描ける夜があったということだ。たぶん、トワンが死んでから描かれたものだろう。

悲しく寂しい夜がいつまでも続いた。死んだものが内的な存在になるまで、一体どのくらいかかるのだろう?白く輝く姿で現れるまで、通らねばならない夜がある。

昨日ガハクが、「ヤマボウシの木を移してもいいよ」と言ってくれたので、朝から庭でスコップを振るって過ごした。お昼ご飯を食べるのも忘れて。やっと、掘り起こした木は重くて、フォークリフトで吊り上げて運んだ。一番目立つシャープなシルエットの御影石の彫刻の横に植えたら、ぐっと庭に風情が宿った。木の配置は造園のキモなんだな。ユキヤナギの位置を1メートル動かしただけでも雰囲気が違ってくる。

フォークリフトの駐車スペースもできた。トワンの墓のすぐ横だ。埋めたところを踏んづけないように何度も練習して、やっといいコースで侵入して定位置に納まった。

明日は雨の予報だ。たっぷり水を吸い上げて、すぐに根付いてくれるだろう。(K)







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