2021年1月23日土曜日

最後の試練

ガハクは「こんな綺麗な色が出せるとは思わなかったなあ」と、喜んでいる。描きながら感動すると言うことは、実際にあるんだ。

今日は、丸鋸で切った廃材を紐で束ねた。薪ストーブだけでは処理が間に合わないから、燃えるゴミにも出して行こうという計画。畑の柵やネットの固定に使っていた鉄の棒やアングルも、グラインダーで50cmにカットした。こっちは月一で回収される不燃ゴミに出す。トタン板も50cm角に金切り鋏で切り、四隅を折り曲げておいた。以前、ゴミ処分場に直に搬入した際に、手伝ってくれた係員のオジさんが腕を切っちゃって、申し訳なかった。だから今は、金属物の端っこはバリを落とすか、ガムテープを貼るようにしている。

ぴゅっと血が吹き出たオジさんの腕にマーキュロバンを貼ってあげたら、それまで乱暴な物言いをしていたのに、急に恥ずかしそうに照れていたのが新鮮だった。あの人の住んでいる世界、生きて来た世界を垣間見たように思った。タオルで止血したのをガハクが鮮明に覚えていた。あゝそうだったっけ。もう30年くらい前だ。

6という数字は試練を表す。とすれば、アトリエの土地を借りた36年間は試練に試練を掛け合わせたと言うことになるのね。日々刻々と荷物を運び出していると、一つ一つ重いものが無くなって消えていくのが分かる。軽やかさは、試練と労働の果てに与えられるもののようだ。(K)





2021年1月22日金曜日

白い人の谷にも陽だまり

ガハクが観た動画で、一緒に飼われている犬よりも 猫の方が先にボールを咥えて持って来たと!つまりその猫は、訓練中の犬よりも飼い主を信頼しているから、その意図を読み取っちゃって即反応したのだろう。賢さだったら犬の方が勝るだろうに、猫の情愛ゆえの集中力と遊び心だ。(犬は柴犬でまだ子犬)

今日も自転車に乗った。夕暮れの空に浮かぶ半月を見上げながら、「自転車に乗らなくなったらどうするの?」と聞かれたことを思い出した。ガハクの後ろからゆっくりと自転車の低いギアで漕ぎ登ろうかな。

だいぶ太陽が高くなった。(K)



2021年1月21日木曜日

やさしい胸

アトリエの片付けに追われて、今日も夕暮れの少しの時間しか彫れなかったけれど、トワンの柔らかな胸のうねりが出せた。

机の周りを片付けていたら、犬のデッサンが出て来た。2006年と書いてあるから、どうもトワンのようだけど、ただの犬にしか見えない絵でつまらなかった。トワンという形の中に愛が宿ったのは、もっとずっと後になってからなんだな。いや、トワンが死んでからかもしれない。

トワンを埋めたところにガハクが彫った唯一の石の彫刻が置いてある。デンドロビウムという洋蘭を安山岩で彫ってあって、ボソボソした石の植物なんだ。そのてっぺんにヤシの実のような頭がのぞいていて、つい撫でてしまう。ガハクもそうらしい。昨日は石に向かって、「トワン!ママが帰って来るよ」と言ったそうだ。

37年ぶりにガハクと同じ場所で仕事ができる。その日を楽しみにしながら、アトリエ解体に励んでいる。(K)





2021年1月20日水曜日

大寒の空

今朝雨戸を開けた時は辺り一面霜で真っ白だったけれど、冬至からひと月、すでに日差しは春の気配で昼前には融けて消えた。 

『緑のエヴァ』のグリーンは、強烈過ぎてそのままじゃ使えない新色の緑に、これまた単色ではキツ過ぎる赤を混ぜてあるのだと昨夜ガハクが話してくれた。緑と赤はケンカするから混ぜないようにと子供らには言って来たが、上手く使えるようになったら、柿の熟した色なんかは緑と朱色を混ぜると出せるということが分かって来る。何にも教えなくても、いろいろ混ぜたり試したりしているうちに自分で発見して、「おゝ先生できたよ!ほら、そっくりでしょ」と叫んでいたっけ。

アトリエの周りがだいぶ片付いて来たから、いよいよ建物の解体に踏み込める。来週からガハクが出動してくれることになった。今夜から1時間早く寝ることにした。作戦会議で決まったんだ。二人で考えるといい知恵が浮かぶ。

山のてっぺんに聳え立つ白くセクシーな木がエヴァで、その横で斜めにのけぞっているのがアダムだそうだ。(K)



2021年1月19日火曜日

緑のエヴァ

エヴァのイメージらしい。蝶が飛んでいたはずなのだけど、いつの間にか消されている。そのうちまた描かれるだろう。 彼女の視線がどこを向いているか、彼女の手が何に触れようとしているかを見ていけば、そこに生まれて来るのものの姿と位置が浮かび上がって来る。

芸術とは愛だ。愛ある人には、蝶や小鳥の方からやって来て、肩や手にとまってくれる。とまったものをじっと見つめて描いて行くのが画家なのだ。

スーパーボランティアと呼ばれて有名になった赤いタオルを頭に巻いたあの人の指先にトンボが留まった。あれを見た時、あゝこの人には天使が付いていると思ったのだった。(K)



2021年1月18日月曜日

箱ジャッキ

久しぶりに箱ジャッキを使った。隣家にやって来た庭師の軽トラ4台が、仕事を終えて帰ろうとして次々とバックで降り始めた時の出来事だ。たぶんもう疲れてたのだろう。シルバー派遣のお爺さん達だもの。皆私より年上に見えた。

この箱ジャッキは10t用でかなり重い。一人で運ぶのはお相撲さんかレスラーでないと無理だろう。アトリエから引きずり出したら、すぐに庭師が駆け寄って来て手伝ってくれた。最初は私とお爺さんと二人で、それから途中で交代して運んでもらったのだけど、あまりの重さに片方のお爺さんが転んでしまった。そのくらい重いのだ。

藝大にだって5トン用のしか置いてない。何で私がこんな大袈裟なものを持っているかと言うと、大学に出入りしていた御用商人に「もう箱ジャッキの作り手がいなくなるから、今のうちに買っておいた方がいいですよ。やっと店に10トン用が一つだけ入ったから今のうちに!」と唆されて慌てて買ったのだった。

箱の中にギアが幾つも噛み合って、少ない力で大重量のものを持ち上げる仕組みになっている。ハンドルを回すと、箱の頭に突き出ている角がジリジリ上がる。裏側の足元に出ている爪も同時にせり上がって行く。爪に石の端っこを噛ませて、ぐいぐい持ち上げては角材を差し込み、また持ち上げては横に角材を置くと、どんなに大きな石でもひっくり返せる。危険を回避する為の技術と目と慎重さがあれば、女の私にだって巨大な石も動かせるし、脱輪したトラックだって救出できるのだ。

お爺さん達を指示しながら、浮き上がったタイヤの下に角材を押し込んで、無事に脱出した時は拍手が湧いた。良かった良かったと笑って別れて、トタン板をゴミに出す為の作業に戻った。

しばらくしたら、「奥さん、奥さん!」と声がする。落ちた車の持ち主のお爺さんが、手に千円札2枚持って立っていた。どうしてもと言われて、ありがたくいただいた。まだ私は現役なんだな。アドレナリンが久しぶりにブワーッと出たもの♪(K)



霊気が変わった

王子の傍にいつもいる二人の守護神は、男と女のカップルのようだ。みんな大きな目をしている。「おいでください」と夢で呼ばれたあの夜から、ガハクはこの王子を 親友で画友だったS氏に重ねてイメージして来た。山で死んでからも、彼はずっと向こうの世界で生きていて、しかも王子になって帰って来た。

この世で純粋な美を希求することは不可能なんだろうか?独りでやるしかないのだろうかと覚悟した時に、一緒にやろうよと誘ってくれた王子は、続けて言った。「あなたは私たちのシュゾクです」と。

今ガハクは、善と美が一致することを確信している。それはきっと、超重症という魔界から救出された時に見たこと体験したことに起因する。もう懐疑的な霊達は、いなくなった。重く引き摺り下ろそうとする者らが、消えた。

軽やかに舞うミューズと小鳥たちが祝福している。(K)



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