2021年10月7日木曜日

太陽の裏側

 5時になると手元が暗くなる。久しぶりに投光器を取り出して来て、高いところから照らしながら彫った。夜の野外でカチンカチンと甲高いノミ音を響かせていると、時を忘れる。若い頃にやれたことが、ずっとやれなかった。なのに、今この庭ではやれている。

アトリエをこの庭に移してから最初に彫るのは、この壊された石の彫刻を作り直すことだと決めていた。これをしっかり彫ることができれば、過去をすっかり捨てて歩み出せる。

石の粉を洗い流すためにジョウロで水をかけたら、石の中に山の模様が浮き上がった。「こんな風に磨けないかなあ」とガハクが言う。彫った形を横切って黒い模様を磨き上げるなんて、ちょっと私には思い浮かばない発想だ。やっぱりガハクは絵描きなんだな。(K)



2021年10月6日水曜日

トワンの声が聞こえる

 昼間、ケイトウの花のスケッチを探していたら、トワンがガハクにぴったり張り付いている素描を見つけた。横に犬のセリフも書いてある。

「ボクがパパを好きなのは、パパがボクを好きだからじゃないんだよ。ボクはパパが好きなんだよ」たしかにトワンの言いそうなことだ。

ガハクがやっと腰の痛みが癒えて、ふた月ぶりにお風呂に入って出て来たところを 待ち構えていたトワンが、最大級の敬意と称賛の眼差しで迎えていた場面だ。それからは毎回風呂場の出口で待つようになった。きれいに洗われた体から発散する匂いをくんくん嗅いで喜んでいる。

洗礼とか、禊とか、滝に打たれるとか、身を清める宗教的行為が実体あるもののように見せられた。病気からの回復は身も心もきれいになることだ。

ガハクが9割の致死率から生き延びてこの家に戻って来た時の痩せ細って削ぎ落とされて骨だけのようになった体。そこから出される声の大きかったことを思い出す。ホールに響き渡るようなクリアーな音声。その時天井が高く感じたのは、ふたりとも同じだ。空間は変化する。それは地獄にもなるし、天国にもなる。

山で視線を感じて振り向くと、梢の間に小鳥の目があるそうな。山で鹿に会うと「トワン!」と呼びかけるガハクの最近の絵には実感がある。女が服を脱ぎ始めたのは、春の陽気と集中のせいだろう。(K)



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