2026年5月4日月曜日

不得意な季節



一年でもっとも苦手な時期がゆるゆると流れていく。今はなんとなくフワフワしたような時間感覚の中、やらねばならないと思う事、やりたいと計画している事、それらのいずれもできないままで過ぎていくような毎日の連続。

焦りのようなザラザラした感情が瘡蓋みたいに肌身に食っついて離れない。剥がしたいとも思うがそうした方がいいのかどうかが分からない。もはやそれは既に体の一部になっているのやも知れぬ。

このままじゃ、、という気持ちとこのままでいいさという気持ち。相反する二つが出たり引っ込んだりの毎日。気楽に暮らして行こうかなという歌が聞こえても完全に同意できない読み取れてしまうそこにある含意。めんどくさい奴なのである。

絵具を大量に詰め込んだキャビネット。描き続けたい描き始めたい描き直したい絵ばかりが立てかけられている壁。

 2026.5.4(月) ガハク

2026年4月4日土曜日

4月3日は誕生日

 

ケーキを買ってきて蝋燭に火をつけた。
死んだ人の誕生日。そんなもの祝うのは少しおかしいし未練がましく情けないが未だに意味を持たせたいような気持ちがある。

この人物は彼女に似てると思うから遺影のようにかけてある。
一方でどんな人物像を描いても「これ奥さんですよね」と〇〇の一つ覚えみたいに指摘されると少しイラっとするのも確か。

絵の解釈をしたがる人を嫌いじゃないしあらゆる表現には「理解したい」という欲求を起こさせる何かがあるのも確かだ。聴いたり見たりしたものに心を動かされればそのものについて語り出したいという気持ちにいつもなる。それは自然なことじゃないかと思う。

ただ正当な批評というのは常に難しく納得できるようなものを聞けるのは非常に稀だ。たいてい悪口だったり媚びだったり政治だったり。要するに発言者自身のスペース確保が目的の衝動なんだ。(なんて言ったら意地悪すぎるかな)

そうではなく思想史的に環境的に経験的に身体的に(まあいいや)客観的に語るというような批評を聞いたことがほとんどない。だから黙ってるのを良いことにつまらん批評が横行するんだろう。(別に怒ってるわけでもないよ)

良い批評は良い画家を育てる。

 ガハク

よく見られている記事