2020年9月13日日曜日

トワン以降

 太陽が斜めに傾くと、月の軌道は反対にだんだん高くなる。こういうことを実感を持って知ったのは、この谷に住んでからだ。冬の満月がなんと優しく鮮やかに冷たく凍った森を照らし出すことか。冬の乏しい日差しを補うのには十分すぎる美しさだ。白い人を見たのが真冬の真夜中だったのは、清潔なあの青く澄んだ気体が必要だったのだろう。光が無くなることはない。

アトリエに毎日トワンを連れて通っていたことを思い出した。あの頃は寂しかったんだな、独りで誰にも見られずに過ごすことが。トワンでさえ、一年経ってもう子犬じゃなくなった頃、車に乗るのを拒んだくらいだ。「この家にずっといたい!」という意思表示をしたので、犬でさえアトリエの殺伐とした空間を感じるのかとガックリしたものだ。それからはトワンとガハクはいつも一緒にいるようになった。私が逞しくなったのもその頃からだ。

トワンが死んでからはもっと変わった。邪念が湧いてくるのは仕方ないとしても、車の運転時や自転車で夜道を走っている時は危ないので、トワンを呼ぶ。今夜も嫌なことを思い出したので、「トワン!助けて」と口に出して、ハンドルを握り直した。すぐに暗い想いは消えた。こういうことを『トワン以降』とガハクが命名。想念が何でできているかで、その人の意識が住む場所が決まる。ガハクが還って来てくれてから、全てが鮮やかに立ち上がって来た。(K)



よく見られている記事